「理由」 クロネコと電脳の城21
パチパチパチパチ、
乾いた拍手がホールに響いた。
「泣ける話ね。死んだ息子を生かすために必死になる親。感動すら覚えるわ」
そう言いながらレディピンクはゆっくりレンに近づいてきた。
「あなたは現実ではもう死んでいる。でもここではこうして生きている。混乱するのも無理もないわ」
レディピンクはレンの目の前まで来てしゃがみ込み、レンに目線を合わせてきた。
「それを聞いてあなたはどうするの?」
「!?」
レンは絶句して息を呑んだ。
今自分は生死を突きつけられている。
生きていていいのか?
現実で死んでいる自分がこの仮想世界で生きている意味はなんだ。
全ての疑問が解決された今、自分が選択すべき行動はなんだ。
頭の中が歪むような感じがした。
「ピンク!貴様!」
ガジェが叫んだ。
しかしレンにはガジェの声がぼんやりとしか聞き取れなくなっていた。
レディピンクはさらに顔を近づけて追い討ちをかける。
「あなたは自分のことを知った。でもこの世界のことはまだ何も知らないわ」
そう言ってレディピンクは手でレンの頬に触れた。
「私はこの電脳世界を壊したいの。つまり、あなたの生きる唯一の世界を破壊しようとしているの。この世界が無くなればあなたも無くなるわ」
レディピンクはレンの頬から手を離すと、ゆっくり立ち上がり、踵を返してレンから離れた。
そしてホールの中央に立ち目を瞑り、破壊された壁から差し込む朝日を両手を広げて浴びような仕草をした。
数秒そうした後ゆっくり目を開くと、レディピンクはレンに向き直りこう言った。
「あなたが自分の手でこの世界を壊すのよ」
レディピンクは暗にレンに死を選べと言っていた。
「ふざけるな!お前に何の権利があってそんなことを言ってるんだ!大体お前の目的は何だ!レンを巻き込むな!」
ガジェは怒りに震え、今にもレディピンクに殴りかかろうと立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かず膝をついた。
「私は、電脳株式会社に親友を殺された。だから復讐をするのさ。この電脳世界を破壊して運営の電脳株式会社を潰す。それが私の目的だ」
「復讐?」
ガジェはレディピンクを睨みつけながら、痛みを堪えゆっくり立ち上がった。
「私たちは電脳世界とは別の仮想世界で遊んでいた。あの頃のネットではVR世界は黎明期で、いくつかの世界が共存していたわ。その中の一つであるメタワールドは自由で楽しい世界だった。私たちはそこで会話を楽しんだりお店を運営したり、ユニットを組んで音楽活動をしたり、他愛もないことばかりだったけど楽しかったわ。
そんなある日、いくつかあるVR世界の中にウイルスがバラ撒かれたの。ガジェ、あなたも覚えてるでしょ、ばら撒かれたウイルスによって数社のVR世界が運営できない状況に追い込まれた。」
「あの大手VR世界運営会社3社が倒産に追い込まれた事件のことだな。サイバー事件として電脳省が捜査していた・・・」
「そう、その事件で私たちのいたメタワールドも被害を受けたわ。ウイルスによってアカウントが消えてしまい、今まで育ててきたアバターやデータが全て消えてしまったわ。
私たちにとってメタワールドでの日々は青春そのものだった。日々そこで暮らし、遊び、仕事もして、現実世界と変わらない、いやそれ以上に現実そのものだったんだ。
それが突然奪われた。私たちの失望は大きかったが、親友の喪失感は酷かった。
親友は精神が不安定になり、食事も取れなくなった。
親友にとってはメタワールドが全てであり、そこでしか生きられなかったんだ。そう、レン、今のあなたと同じ。その世界でしか生きられなかったの」
レンはボーッとしていてレディピンクの話はほとんど入ってこなかったが、ピンクの親友の気持ちはわかるような気がした。
「親友は心神喪失の状態が続いていて、私たちが連絡を取ろうとしてもダメだった。そしてそうこうしているうちに、親友は首を吊って死んでしまった。
でも死んだのは私の親友だけじゃなく、世界中で同じ理由で自殺した人が何人も出たの。
このことは社会問題になって、VR世界が問題視されるようになったわ。
VR世界に陶酔しすぎると危険だって世論が上がって、それ以降VR世界では人間のアバターが使用できなくなった。この世界でもそうだけど、私たちは猫や犬や動物の姿をしてるでしょ、これは人間のアバターだと現実世界と混同してしまう危険性があるから政府が規制したの。その結果、今みたいに動物様のアバターを主に使うようになったのよ」
ガジェはその頃のことを思い出していた。
「そうだったな。レン、お前の記憶で俺やミツキの姿が猫になったのは、ちょうど電脳省が人間のアバターを使用禁止にした頃だ。俺たちの姿を変えるタイミングで、俺たちはお前の記憶を改竄して、両親がいない設定に変更したんだ」
ああ、そうだったのか。それで今までの記憶が繋がった。レンの頭の中が整理され、一つに統合されたような感じがした。
レンはようやく己の置かれている状況を自覚することができた。
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