「ポスペとブクロ」 クロネコと電脳の城28
ポスペはインターネットが今ほど普及する前、メールを配達するアバターとして一世を風靡したキャラクターだった。
多くのネットユーザーがポスペを利用してメールの送受信をしたものだった。
しかし時代は過ぎてインターネットが爆発的に普及し、スマートフォンなどのアプリが主流になると、パソコンのメールソフトは時代遅れとなり、その存在は忘れ去られていった。
ポスペはネット上に廃棄され、誰にも利用されないまま彷徨っていた。
レディピンクはそんなポスペを拾って自分のペットにしたのだ。
彼のメール配達機能を利用して予告状を配達する仕事を与えた。
ポスペは仕事を与えられ、再び配達することができる喜びを噛み締めていた。
郵便物も与えられず、目的もなく、どこにも行けずに彷徨っていたポスペにとって、レディピンクは神のような存在だった。
ペットでも何でもいい。
自分に目的を与えてくれるレディピンクはまさしく神なのだ。
顔が半分吹き飛んでいたが、まだ動くことはできた。
飼い主を守らなければ。
生きる意味を与えてくれた主を守らなければ。
自分にできることは、この目の前の敵を排除することだけだ。
ポスペは崩れ落ちそうな頭を左腕で支えながら、体を電脳猫たちの方へ向けて睨みつけた。
赤い目が鈍く光る。
うおおおおおおおおーーーーー!!
雄叫びをあげながらポスペは大砲に向かって突っ込んでいった。
電脳猫たちは慌てて次の弾を充填させたが間に合わず、ポスペの左腕が大砲の胴体を貫いた。
大きな音を立てて大砲に充填された弾が爆発し、ポスペは大砲ごと吹き飛んでしまった。
「ポスペー!!」
ブクロは大声で叫んだ。
燃え盛る炎の中に崩れ落ちていくポスペの体が見えた。
ガジェとヨダカもその様子を呆然と見届けるしかできなかった。
「くそっ!」
仲間がやられたことにブクロは憤りを隠せなかった。
ポスペは自分達とは違って現実世界に操作してる人間がいるわけではないただのデジタルデータだった。
まさしくレディピンクのペットとして機能していたに過ぎない。
しかし彼の活躍により多くの場面で助けられたし、守られてきたのだ。
それを思うと、単なるデータが破壊されただけではなく、仲間が殺されたような感情がブクロにはあった。
「ポスペ、ありがとう。後は任せろ」
ブクロはゆっくりと立ち上がると、まだ数多く残る電脳猫の群れにゆっくりと近づいていった。
「ブクロ!どうするつもりだ!」
ただならぬブクロの様子にガジェが心配して問いかけた。
「ガジェ、あなたはヨダカと一緒に上に行ってください。私が合図したらヨダカに乗って飛んでください」
「何言ってるんだ。お前はどうするんだ」
「電脳猫は無限に湧いてきます。このままチマチマやっててもキリがない。私が一気に掃除してやるから、あなたたちは先に行けって言ってるんですよ」
「一気に掃除って、お前・・・」
「元々私の仕事はネットの掃除屋ですよ。デジタルデブリを専門に掃除をします。ピンク様にその能力を買われて一緒に行動するようになりましたけど、邪魔なものを排除するのが本来私の仕事なんです」
ブクロはゆっくり振り返ってガジェとヨダカに向き直った。
「無限に湧いてくるデブリを掃除するには、無限に吸い込む大穴を開けるしかない。そのためにはちょっと無茶をする必要があるんです。あなたたちまで吸い込んでしまいかねないから、あなたたちは先に行ってください。そしてピンク様をフォローしてください・・・」
「お願いします・・・」
ブクロの目は真剣だった。
何をやろうとしているか想像がついたし、ブクロが自分の身を犠牲にしようとしていることもわかった。
「ブクロ・・・、お前とはまたどこかで会えるよな・・・きっと」
「私は別に会いたくもないですけどね」
そう言ってブクロは笑った。
電脳猫たちの群れは再び増量し、目の前まで迫っていた。
ブクロはガジェたちに背を向けて電脳猫たちに向き直った。
「私が合図をしたら飛んでください。・・・いいですね」
「・・・わかった」
ガジェが答えるとブクロは前方を睨みつけながら神経を集中させた。
張り詰めた空気の中、ガジェはヨダカの背中につかまり準備した。
ヨダカも羽に力を込める。
「飛べ!」
ブクロの合図にヨダカは渾身の力で翼を羽ばたかせる。
ヨダカは翼一振りで一気に数十メートル上空まで飛翔した。
同時にブクロは大きな口を最大限まで開き、思い切り息を吸い込んだ。
ブオオオオオーーーーー!
今までとは比べ物にならないくらいの勢いで次々に電脳猫が吸い込まれていく。
電脳猫の群れは回転しながらブクロの口に吸い込まれ消えていく。
しかし電脳猫の群れは途絶えることはなく、次ぐから次へと湧いてくるため、一向に消える気配がなかった。
ブクロの体は徐々に大きく膨れ上がり、今にも破裂しそうだった。
さっきまではそこでブクロも諦めて口を閉ざしていたが、さらに吸い込みを続けていた。
ガジェとヨダカはその様子を心配そうに上空から見下ろしていた。
ちょっとでも油断すれば自分達も吸い込まれそうになるので、ヨダカは必死で羽ばたいて気流の流れから脱しようとしていた。
ブクロの吸い込みは未だ収まらず、体はさらに膨張を続けた。
大きく膨らんだブクロの体は数十メートルはあろうかという大きさになっていて、今にも破裂しそうだった。
「ブクローー!!」
ガジェは大きな声で叫んだ。
その瞬間ブクロの声が聞こえた気がした。
「もっと飛べ!」
ヨダカもその声に反応し、咄嗟に翼を大きく広げた。
下を見るとブクロの体が白く光っていた。
そして次の瞬間大きな破裂音と共に真っ白な光が膨張し、ガジェたちを包み込んだ。
同時にものすごい突風がしたから突き上げてきたため、ヨダカの翼は上昇気流を受けて上空へ吹っ飛ばされた。
回転しながらものすごい勢いで上昇を続ける。
ガジェは振り落とされないよう必死でヨダカにしがみつく。
何が起こったのかわからない。
わからないが想像はついた。
今の瞬間、ブクロのアバターはこの世界から消えたのだ。
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