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鳥居図書館
2023年8月15日 21:34
[異精神症] 患者の精神活動が現実に影響を与えるようになる奇病。 十二歳から十三歳の間で発病する。年間の発病者は三十人前後。 発病者は沼田記念学校への入学が義務付けられ、治癒期間が設けられる。 一般的に十九歳を迎える日までに完治すれば普通の生活に戻ることが許される。 ヤバい。考えるよりも先に身体が動いた。物理の法則みたいに、感情が入り込む隙のない見事な反射だった。「カオル!」 私が
2023年9月15日 00:00
異精神者は沼田記念学校への入学が義務付けられている。 その薄汚れた校舎は、壁に囲まれていた。屋上から見ると、綺麗な円を描いているのが分かる。壁は三メートルの高さで、扉はついていない。この壁の存在理由は、二つある。 教壇に立っているリコが訊く。「ここ、沼田記念学校が壁に囲まれている理由は、二つあるけど分かる?」 その質問は当然私に向けられたものだ。なんせ、この教室にはリコと私しかいない。
2023年10月15日 11:54
教室には、また私とリコの二人だけだ。まだ、自分が自分でいる事に驚くと同時に失望している。「なぜだか分かる?」 リコが私に質問をしている。もちろん聞こえている。けど、答えが本当に分からない。「知りません」「だから、それを知らなくちゃいけない」「そんなこと言ったって」 どうしたらいいのだろう。 オアシスで二人のキスを見た後、私は物質化してしまうのだと思った。私がカオルを好きなら、そうな
2023年11月15日 11:26
「起きてください」 誰だろう。私を揺すっているのは。 薄く目を開けてみると倒れているリコが見えた。私は眠ってしまっていたようだ。「リコ!」 立ち上がってリコに近づく。反応はない。「え、大丈夫? 大丈夫?」 声をかけながらリコを起こそうとする。「えっと、あんまり揺らさない方が……」 男の人の声がした。「誰?」 私を起こした人がそこに居た。同い年くらいの男の子だ。どこの学校の服だろ
2023年12月15日 00:35
赤髪のおばさんが歩いてくる。「ついてきなさい」 そのまま一度も立ち止まらずに、私たちの間を突っ切って行った。 リコは不安そうな表情のままだが、ついて行くみたいだった。当然私も。 噴水の前を通り過ぎてから、公園を出ていく。道路にでるはずなのに、私たちは海辺に居た。なぜか全員自転車に乗っている。 潮風が気持ち良い。けど、塩を含むこの風は、悪い影響も多く存在する。 そう、そのことを、私はカ
2024年1月16日 00:07
【処刑人】・十九歳を超えて異精神が完治しなかった者を処刑する。その他に、危険性のある異精神者の処刑も行う。 明日の時間割を眺める。体育がある日だ。というより体育しかない。沼田記念学校は異精神の完治が最優先だから、授業は午前中しかない。「ニーコさん、準備よろしくね」 と私を呼ぶのはルルさんで、委員会のリーダーである。 リコが私に施した境界治療の後、目が覚めた時に対応をしてくれたのが彼女だ
2024年2月15日 23:28
プールの掃除は夕方に終わり、委員会室に戻ると頭を抱えたルルさんがいた。「どうかしたんですか?」「いや、大丈夫です。それよりプール清掃お疲れ様でした」 コップに注がれたサイダーを渡される。「ありがとうございます」 一口だけ飲もうとしたけど、一気に飲みきってしまった。美味しい。「結構、時間が掛かってたみたいですけど、何か問題はありませんでしたか?」「ええ、あー」 二人が途中で帰ったこ
2024年5月15日 01:48
ルルさんに着いて行く。校舎を出るとキャンプ用品の様な道具が大量に乗った台車が置いてあった。「ニーコさん、こんな雑用で申し訳ないんだけど、これを処刑場設営地に運んで欲しいの」 かなり重そうだ。正直ハイ喜んで、とは言いたくないが、ルルさんの仕事を邪魔するわけだし、これくらいのことはやるしかない。「重そうですね」 とはいえ、少しだけ不満が漏れてしまった。「もちろん、全部じゃないですよ。ニーコ
2024年7月16日 00:13
ルルさんに別れを告げ台車を引きながら校舎に戻っていく。 そのまま部屋に戻り貰った書類に目を通した。 なんとなく予想はついていたが、二人は異精神者とセラピストのコンビだった。 金髪のホスト風な男の名前はハヤト。こちらがセラピストだ。黒髪のバンドマン風な男の名前はソラ。こっちが異精神者だ。 年齢を見てみると、二人とも十八歳。今年で十九になる。ハヤトが十一月でソラが九月。 この夏が終わるまで
2024年8月15日 22:34
眩しい陽の光に目を細める。それほど強い日差しなのに、妙な涼しさがここ一帯を支配していた。 合法処刑が遂に行われる。 私はルルさんの隣だ。真白い屋根だけのテントの下にいる。 視線の先、この仮設の壁の内側の中心には、合法処刑される異精神者が椅子に縛り付けられている。結構距離はある筈なのに、何故か鮮明にその姿が目に焼きつく。 今日は、三人を処刑する予定になっていて、一人が終わればまた一人ここに
2024年11月15日 17:16
昨日の奇妙なキャッチボールを思い出しながら生徒会室を訪れた。ルルさん、頭を抱えてなければいいんだけど。けどそれは杞憂だった。部屋の中ではいつもと同じように仕事をしていた。「ニーコさん、おはようございます。今日は少し早いですね」「はい。いやー、その、何か手伝えることがないかなって」「手伝えることですか」「次の合法処刑は三日後ですよね。その間に何かあれば」 私の方にルルさんが向き直した。
2024年12月15日 00:11
タナカが去った後、しばらく動けずにいた。リコの声でやっと現実に引き戻され静けさに気がつく。「大丈夫?」「うん」 とは言ったけど、半分本当で半分嘘のように思った。タナカの行動に動揺していた。それは境界治療を受けていた時にも感じた違和感で、動揺しないことへの動揺だ。 カオルのことが好きな筈なのに、タナカの言った「カオルより、僕の方がニーコと合ってるんだ」という言葉に魅力を感じていた。あの、合
2025年2月10日 13:03
その日の夕方。机の上にはホールのケーキとポテトチップス、それとコーラを置いた。食べたいものがすぐに手に入るのは異精神者の精神的負担を減らす為の仕組みだから、私みたいな一般人がその恩恵に預かるのは少しだけ気が引けるけど、そもそもそんな異精神者のせいで私は苛立っている訳だから、それを治める為の必要経費と考えればむしろお安いのではないかと自分を納得させた。「ニーコさん……」 ルルさんが心配そうに私