急ぐ

わたしは常に急いでいる。それはとてもつまらなくて、人によっては不快ですらあることだ。かつてわたしは亀のようにのんびりと歩き、花が揺れているのとか犬が尻尾を揺らして歩くのとかをいつまでも飽きずに見つめていた。わたしに変革が起きたのは3年前の春のことだった。きっかけもつまらないことで、いつか行こうと思っていたイタリアン料理店が潰れてしまって、そこで「ああ、物事は思ったよりも早く進むのだ」と気づいた、ただそれだけのことだった。わたしは、もしかしたらいつまでも動かないと思っていた雲は時速50キロで進むのかもしれないし、昨日まで咲いていた花が近所の残酷な子どもたちによって踏み潰されるかもしれないし、変わらないでいた自分がとても早いペースで朽ちていっているように思えて、「時は残酷だ」と繰り返し唱えた。時は残酷なのだ。それからわたしがしたことは大きく3つだった。まずは速く歩くこと。わたしは誰よりも速く歩いた。長い脚で、巨人が地面を踏み鳴らすようにできる限り大股で歩いた。あまりにも速く歩くので、わたしの連れは常に走るか、自転車に乗ることを余儀なくされた。それから、速く食べること。静かにゆっくり食べなさいと母はよく言ったものだが、そんなことを言っていてはわたしは死んでしまうし料理店もなくなってしまうので、わたしはまるで三日三晩何も口にせず労働をした人間のように大口でほとんど飲み込むように食べた。恋人は素敵な音楽の流れるフランス料理店を好んだが、運ばれてくる料理のスピードにわたしが耐えきれなくなって、彼女とは縁を切ってしまった。最後に、これは誰にも言わないでほしいのだが、わたしはある秘密の研究に手を貸すことになった。アメリカのジャックだかカールだかの名前の科学者は、人間の生きる速度をゆるめることができると考えていて、人間を老化させる物質を減少させることで結果的に長生きを可能にできるとした。そのような経緯で、わたしは彼の研究に自らを実験台として捧げることになった。わたしは常に急いでいるので、彼の名前などどうでもよかった。わたしはともかく自分が急いでいることを伝え、彼は「きみが急がなくても大丈夫にしてあげよう」と答えた。わたしは途中経過の報告などに興味はなかったので、とにかく急いでわたしの時間をゆるめてくれとだけ伝え、今までに5度の手術と、10回の注射を受けた。ところで、これは誰にも言ってはならないが、研究が成功したらわたしは科学者を殺してしまうつもりである。

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