こどものころから不思議な夢をよくみていた。 行ったことない国だけど道をわかっている夢 今の私の姿かたちではないけれど私だとわかっている夢。 こんな夢たちは自分の想像の産物や、どこかから目に入った情報を整理しているせいかと思っていた。 でも不思議すぎる夢がたくさんあった。 「大きな銅像がたくさんある水が流れる場所で 水の表面を文字が流れていく夢」とか 「眠り続けるお姫様とそれを見守る敵国の戦士、目を覚ましたとたんに竜が飛んでくる夢」とか 「乾いた土地の奥にある命の樹の
めぐりめぐる。 タマシイを、みたことはない。 でも、長い尾があって、ぐるぐると螺旋を描きながら、ふわふわ飛んでいるイメージはずっともっている。 これは自分の記憶の中なのか。 それとも誰かの想いの中なのか。 一回だけじゃない。 きっと何度かぐるぐるしている。 その魂にふさわしいカラダをくれたのは神さまであって。 魂はいつ、生まれたんだろう。 何を求めて、ぐるぐるしているんだろう。 地上に遊びに来た感覚。 子どものころから少し、変わった子。 想像したり空想の世界で生きてい
人生には時として、「次の章」のページをめくるときがある。 今まさに、私にとって新たな一ページをめくろうとしているとき。 2022年の春から「政治」というトピックが人生に入ってきて、学びながら前へ歩みを進めてきた。ゴールは議員になることではなくその先にあるとわかっていながらも、目先のことに追われる日々の中では常に選択を迫られ、一瞬も羽を休めることなく飛び続ける日々の幕開けとなった。 私はもともと体力がない。精神力だけで様々なことを乗り越えてくるタイプの人間。そして私のエネル
2022年はいろんなことをやってみたりフッ軽女王の名に恥じぬよういろんな場にいた。 来年で自分、40なんですね。 40年間ほんと、生きてきて無駄なこと何一つなかったし、マーク・トゥエインの言葉を借りるなら「やって失敗した後悔は20年後笑い話になるが、やらなかった後悔は20年先にも悔いる」みたいなことで。 なんでここに生まれたんだろうなぁとかなんでこんなことしてんだろうなぁとか、いろんな通過点が全部線で結べるようになってて、見えてくる絵は想像もしなかったような素晴らしい
2021年の年の瀬に感じていたこと。 私にとって砂だらけの土地で巨像を登り続けているような年でした。 何年も前から何度か見ている夢の一つなんです。 埃まみれの戦士がすっごく大きな像を登っているの。 この夢はリアルで、起きたらすごく喉が渇いていて目が熱い。 たまに、疲れ果てて水の中にずっと沈んでる夢を見ることもある。 水の中で全ての傷が塞がっていくかんじ。 出てくると濡れてないし無傷に回復している夢とか。 そんな風にしょっちゅうファンタジーな世界に飛んでる私ですが、 20
両立って言葉は大人が使う言葉。 一つのこと一つの仕事だけで生きていく生き方はきっとなくなっていくこれから。子どもの未来を自分の常識で括りたくない。 ダイバーシティ(多様性)は自分の中にも持っていかないと。マルチタスクこなせる人間が一部いる、ではなく全体そうなると考えた方がいい。 ゲームでもそうでしょ。 ジョブチェンは成長の底上げ。 いろんなスキルが同時に必要になる。 いい企業やこれから生き残る大学はおそらく、部署や学部を超えて横の動きを入れながら全体を底上げしてい
アイデンティティを浮き彫りにされた留学経験 高校3年生の夏、17歳で単身交換留学生として1年間、アメリカミズーリ州の人口1600人ほどの小さな町に行った。 言葉の理解もまだ追いつかないまま飛び込んだ世界は色とりどりの世界という感じ。 成績が良く飛び級して同じクラスにいる2個年下の子。 10代の妊娠出産を経て、それでも高校を卒業するべく自分の弟同じ学年にいるお姉さん。 親が育児放棄をしていて9歳から友達の家で暮らしている子。 チアリーダー、フットボール選手、クラス委員、マー