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それを世界というんだね
「赤い靴」「マッチ売りの少女」「裸の王様」……。誰でも一度は聞いたことのあるおとぎ話。全てのおとぎ話がハッピーエンドとは限らない。本書には、様々なおとぎ話の「不幸」になってしまったキャラクターたちが、エンディングの後に辿り着く世界が描かれている。
「物語の中で不幸になった者だけがたどりつく」この世界には、城主と物語管理官もいる。城主は親指姫で、副城主は雪の女王。物語管理官は、不規則に雪の女王の部屋に現れる「物語の鍵」を任され、様々な物語に飛び込み、作中で「不幸」になった者を救おうとする。
本書は、記憶をなくした少女が花畑で目覚める場面から始まる。そこで出会った王子と一緒に物語管理官になり、キャラクターたちを助けながら、自分自身の出自の謎をも解いていくことになる。
「お城」「少女」「王子」「物語管理局」……これらの言葉だけ聞くと、いかにも子供向けのファンタジーだ、そのような物語を読む歳ではない、とツッコミたくなる人もいるだろう。しかし実際に読んでみると、物語に出会った当時の子供心と探求心が蘇ると同時に、様々な謎を解き明かしていく中で、馴染みのある物語を別の視点から楽しめる。
例えば「マッチ売りの少女」を読んだことのある人は、貧しい少女の最期として、真冬の街で息を引き取るシーンを思い浮かべるだろう。しかし本書では、彼女をどのようにして死神から解き放つのか、マッチを全部買ってやり家で暖かく過ごさせるのも一策だが、それだけでは根本的な貧しさの問題は解決できない、などと考える。読者は「こうすれば助かるのではないか」「ううん、別の考え方もあるだろう」と、物語管理官と一緒に、名作の登場人物をどうしたら既定のストーリーから救えるのかを、知恵を絞りながら読み進めていく。小さい頃に読んでいたあの物語のエンディングに、小さなトリガーを与えることで、物語の世界の見え方が変わり、新たな物語が目の前に生まれる楽しみを味わえるのだ。
もう一つの魅力は、自分だけの物語を作りたくなる気持ちを生み出すことである。物語というと文字で書かれたものを連想するが、昔は、口承で歌いつがれ、語りつがれていた。やがて文字で記録されるようになっていくが、今でも文字にこだわらず、歌のメロディーやイラスト、映像など、様々な形で物語は語られている。
本書は、読者から募集した物語を楽曲化しバーチャルシンガーが歌ったものを、作家の綾崎隼が小説として描くという形で紡がれている。人々はそれぞれの想像力を馳せて、様々な形で物語の世界を作り上げている。そうして作られたキャラクターも、物語の作り手と不思議な力で繋がっていると感じる。
本書の伏線が導き出すものの一つは「少女」の出自であるが、それが明らかにされた際、作り手があってのキャラクターというだけでなく、キャラクターの存在が作り手の創作のモチベーションを支えることに、おのずと気づく。その瞬間、物語を作ることは、実は難しいことではないと思うことができるだろう。
たとえ自分の筆力に自信がなくても、誰かに命を吹き込むような気持ちで筆をとれば、自分だけの物語が始まり新しい命が世界を広げてくれる。「読めば、きっと君も物語を生み出したくなるはず。」本書の帯に書かれた一言のように、想像力で生まれたキャラクターが生きる世界を、自分の手で育ててみたいと思うこと、それが本書が与えてくれた、最も大きな力である。
➤2024年6月 とある書評誌の初稿