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座右の銘に加えたい言葉「逆耳払心」

人の話を聴く(聞く)こと。
その大切さは、どれだけ言葉を費やしても
なかなか表現しきれないもの。

意識しなければ、つい自分のことばかり
話してしまって、相手の話を聴こうとは
しないのが、人間の性。

実際に、それで痛い目を見て、
人の話を聴くように意識し始めたら、
小さいながらも成功体験を得て、
人生がうまく回り始めたことがある
ものだから、「傾聴」が私にとっては
パワーワードである。

この「傾聴」という言葉は、
カーネギー『人を動かす』を読んで
から使うようになったと記憶している。

この「傾聴」と、似たような意味合いで、
古くから日本でも説かれてきた言葉に、
「逆耳払心」(ぎゃくじふっしん)
というものがある。

元々は、中国の古典『菜根譚』にある
次の文章が元になっているようだ。

耳中、常に耳に逆らうの言を聞き、心中、常に心に払(もと)るの事ありて、わずかにこれ徳を勧め行いを修むるの砥石なり

『菜根譚』

横暴な君主だと、優秀な家臣が忠言、
諫言
の類を上げても、一切耳を貸さずに
むしろ遠ざけてしまい、ひどいときは
その家臣を罰してしまうような話が、
『三国志』などを読んでいると頻繁に
出て来る。

こうした忠言、諫言には、きっちりと
耳を傾けなさい
よ、それが人間としての
器量を磨く
のですよ、というような
意味合いである。
昔から、「傾聴」の大切さが、
このような形で説かれていたわけだ。

そして、これは何も君主、今の時代で
あれば経営トップなどのリーダーに
とってのみ意味のある言葉ではなく、
誰もが噛みしめるべき言葉である

言って良い。

なぜなら、人はみな、自分の人生の
主であり、リーダー
であって、
その人生を実り多きものにするには
「逆耳払心」の心掛けが欠かせない

ように思うからである。

「座右の銘」という言葉は、
少々硬い響きがある。
私自身、いくつか個人的に持っている
「座右の銘」の中に、「傾聴すること」も
含めているのだが、「逆耳払心」の方が
その硬い響きゆえに、収まりが良いような
気がしている。

実際にはどちらでもいい話なのだが、
せっかく新たな四字熟語を自分の語彙と
して手に入れたので、「座右の銘」に
加えておきたいと思った次第。

身近な人から、それ分かっているよ、
と言いたくなるようなことを何度も
言われて「イラッ」とするときや、
自分とは意見・方針がなにかと衝突する
ことの多いお客様や取引先から不合理と
言いたくなるような要求を突き付けられた
ときなど、「逆耳払心」に従うべきときは
思いの外多いような気がしている。

自分のエゴを抑え、
関係者全員にとって最も望ましい結果を
得るための意思決定基準の一つとして、
じっくり反芻したい言葉である。

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ahiraga
己に磨きをかけるための投資に回させていただき、よりよい記事を創作し続けるべく精進致します。