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「ピッピちゃん」 栗御殿への道 第11回 田中規子 月刊ピンドラーマ2024年6月号

秋風に揺れる雑草の穂に小鳥が鈴なりになっている。きつねのしっぽみたいな穂をつけるイネ科の雑草は小鳥の格好の餌なのだ。しばらく草刈りをしてないと、雑草が高く生い茂りそこに野鳥が集まる。雑草が成長すると外敵から見つけにくくなるのでそこに鳥が巣をつくることもある。農家としては雑草を放置するわけにはいかないが、草刈りして小鳥たちの餌や住処を奪うのも気が引ける。でもやっぱり草刈りすると、その後に小鳥のヒナを拾うことがある。そういえばTiziuという小鳥のヒナだったピッピちゃんを拾ったのも、草刈りをした後だった。犬のごんちゃんに食べられそうになっていたのを救出したのだ。

元気よくピーピー鳴くのでピッピちゃんと名付けたこのヒナは、拾ったときはほんの小指ぐらいの大きさで、ひっきりなしに夫が練餌をつまようじで与えていた。毎日1時間毎には餌をやらねばならないので、なかなか出かけることもできない。やっと穀物の餌を自分で食べられるようになったときはほっとした。成鳥すると虫も好み、夫は毎日シロアリを調達した。

ある時片足が折れていることに気づき、獣医に電話したらコルセットがあるといわれて連れて行ったら、ピッピちゃんは小さすぎてムリと言われた。片足を引きずりうまく飛べないので野生に戻すことはできなかったが、家で元気に生きていた。小鳥の寿命は意外に長いと聞いて、ひょっとして夫より長生きなのではと思っていた。

鳥が非常にかしこい、というのはピッピちゃんから学んだ。一時農場に2か月ほどいたAちゃんにピッピちゃんはとてもなついた。私が呼んでも頭の羽を膨らませて威嚇するのにAちゃんが呼ぶとピッと応えて近寄る。携帯のビデオ通話でAちゃんをみせても親し気に近寄る。しっかり人を識別していた。

そしてピッピちゃん行方不明事件が起きた。猫のまりちゃんは私の事務部屋と外にしかいないようにしているのだが、ある日不覚にもドアがあいていることに気が付いた。事務部屋にいないまりちゃんを探してみたらピッピちゃんの鳥籠の部屋にいるではないか。そしてピッピちゃんもいなくなっていたのだ!あぁ、まりちゃんに食べられてしまった。。。ピッピちゃんを最も愛していた夫はまりちゃんを怒鳴りつけ、部屋に落ちていた羽を拾って庭にお墓をつくった。

次の日の朝、ピッピちゃんがいるはずのない部屋に夫が入ると、なんと部屋の片隅から夫の足元にピピピっと言いながら躍り出てきたのだ。猫に驚いて鳥籠からすり抜けたが逃げ延び、一晩部屋の片隅に隠れていたのだ。小太りの夫は両手を広げ「ピッピちゃん!」と涙声をあげ、小さなピッピちゃんは力強く夫に助けをうったえていた。

それ以来、まりちゃんが鳥籠に近寄ることがあっても鳥籠の中で遠巻きにちょこちょこ移動してやりすごすようになった。しかし3年程一緒に住んだピッピちゃんは、去年静かに天国へと旅立った。

家で動物を飼うこともなく育った私だったが、農場でピッピちゃんや猫や犬と一緒に生活するうちに動物とも少しは交流できるようになったと思う。飼っている動物だけでなく、野生動物ともわかちあえればと思う。野鳥のために雑草も少し残しておこうか。ピッピちゃんの家族もまだそこにいるだろう。


田中規子(たなかのりこ)
2005年よりブラジル在住。
2013年よりアチバイア市にていきなり栗栽培をはじめた。
栗の加工品、焼き栗、栗菓子を作り、イベントや配達で販売中。栗拾い体験、タケノコ狩りなども農園で実施中。
Instagram: @sitiodascastanheiras

月刊ピンドラーマ2024年6月号表紙

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