見出し画像

サプリ大好きな日本人へ 開業医のひとりごと 秋山一誠 月刊ピンドラーマ2024年5月号

3月より日本でニュースになっているのが「紅麹サプリ事件」であることは広く知られています。事件を要約すると、K製薬が製造販売する紅麹由来のサプリを摂取した人に健康障害(主に腎疾患)がでて、4月中旬時点で5名死亡、240名入院、サプリそのものの商品回収や該当会社製の紅麹関連製品を使用している他社製品を自主回収する騒ぎに至っています。問題のサプリは服用すると悪玉コレステロール値を下げる効果があるとのうたいで、近年増えている高脂血症の世の中にドンピシャリ、的に当たった感がある商品です。日本人は先進国のうち、一番「健康補助食品」いわゆるサプリメントが好きな民族なのでこの手のモノは人気があるのですね。

今回の事件を見て、「ふーん、麹菌でコレステロールが下がるんだ、下げる薬があるのに」と思った方はこのコラムの24人の読者様に何人かはおられると思います。下げる薬とはリピトール®やクレストール®など、スタチン剤(註1)と呼ばれる薬品のことだと思いますが、こういった薬を処方されている人が中年以降大変多いからだと考えます。しかし、元々スタチン剤そのものの始まりが1970年代に日本人研究者によって紅麹が産生する物質の一種「モナコリンK」であることを発見したのは広く知られていないのではないでしょうか?遠藤章先生が発見した物質はロバスタチン(lovastatin)と命名され、初め米国で認可販売になり、それ以降製薬会社各社が派生品を開発したのが現在脂質異常症治療に一番多く使用されてます(註2)。なので、ある意味では紅麹菌サプリを服用している人は実は原点にかえっているとも言えます。

今回事件になった紅麹はモナスカス属のカビ、糸状菌の一種Monascus pilosusを発酵させたもので、中国、台湾、沖縄で昔から紅酒や豆腐ようなどの発酵食品として消費されてきました。また、紅麹は綺麗な赤色に発色するため、これも昔から着色料として利用されてきてますが、1970年代に標準的に使用されていた石油由来の赤色2号に発がん性があることが判明し、天然由来の「ベニコウジ色素」が爆発的に需要が増えたようです。実はこの「ベニコウジ色素」はサプリを作っている方法とは異なる製法(註3)からくるので色素のみを使っている製品は今回の問題と関係ないはずですが、事件で一躍紅麹が有名になってしまったので、巻き添えを食らっているわけです。

今回の紅麹も酒や味噌、鰹節に利用されるいわゆる麹の一種と思われがちですが、別物です。紅は前述のとおり、モナスカス属のカビですが、黒・白・黄麹はアスペルギルス属のカビです。紅麹菌の特徴は成長速度が遅く、培養が難しいといったところです。また、モナスカス属では一部毒性の物質「シトリニン」を産生することが判明しており、昔から使用経験がある中華圏や韓国、日本以外では紅麹サプリは利用制限や禁止されている国がほとんどです。しかし、今回の事件ではこの物質は検出されてなく、青カビから産生される「プベルル酸」が健康被害の原因であるようです。紅麹菌は培養速度が遅いため、培養中に他の菌に汚染(コンタミネーション)されてしまう確率が高くなる欠点があります。この欠点が的中した事件であると筆者は愚考してます。

これはどのような天然物質にも言えることですが、この場合従来の発酵食品として消費するときには微量の毒性があっても健康被害に至りませんが、薬効を求めて濃縮したり、薬効成分を分離したり、製品に加工すると毒性が発揮されることが多々あります。このため、紅麹に関しては「医薬品」としての規制がかけられたり、使用禁止されたりするわけですね。経口服用することで人体に良い影響を及ぼす物質は「医薬品」と「保健機能食品」(いわゆる健康補助食品)に大きく分類できます。何が違うかというと、前者は単一の成分が効果を証明する治験があり、当局に認可許可されたモノでそのため「効果を表示すること」ができます(註4)。後者は関与成分を含む食用品であり、「保健の目的が期待できる保健効能成分を含むことが表示できる」のが一般食品と異なるところです。当局の審査と許可がある「特定保健用食品、特保」と特保でない「栄養機能食品」と「機能性表示食品」があります。「栄養機能食品」はビタミンやミネラルなど既に科学的根拠がある栄養成分を含んだ食品ですが、「機能性表示食品」は有効性や安全性の根拠に関する情報等を当局へ届け出ることで、事業者の責任で機能性の表示をする食品です。

『今回の事件になったK製薬のサプリは機能性表示食品であり、単に届け出で健康を左右する製品を販売しても良いのかとの議論になっているぞ。特保は許可を得るのに時間と費用がかかるので、迅速に製品化できるように法改正をしたのが裏目にでた例であろう』

身体に良いと考えて健康補助食品を摂取するわけですよね。なので、何らかの効果を期待するわけですが、反対に効果のあるものは副作用があったり、飲み合わせの問題があったりします。服用してもまったく問題がないモノはたぶん薬効がないのでお金を捨てているようなものではないですか?正直なサプリメントが大半と思われますが、医薬品や特保の規制にかからないように効能をぼかして販売している製品もよく見ます。サプリといえど、健康に関するモノの摂取は医師に相談してから使用したほうがよろしいかと思われる事件だとおもいます。

註1:スタチン剤の正式名称は「HMGーCoA還元酵素阻害薬」。名前のとおり、人体内で脂質を合成する酵素を拮抗的に阻害するため、血中コレステロール値が低下する。
註2:使用数1位が「ロスバスタチン」、2位が「アトルバスタチン」、3位が「プラバスタチン」。蛇足ですが、脂質異常治療薬は現在世界で一番売れている薬と言うことなので、かの遠藤章先生はノーベル賞ものではないですかね?
註3:紅麹菌を発酵させたものを「紅麹」と言い、食材あつかい。固体培養にあたる。菌を液体培養し、色素のみを抽出したものを「ベニコウジ色素」と言い、食品添加剤あつかい。
註4:「医薬部外品」もありますが、今回は割愛します。


秋山一誠 (あきやまかずせい)
サンパウロで開業(一般内科、漢方内科、疫学専攻)。
この連載に関するお問い合わせ、ご意見は hitorigoto@kazusei.med.br までどうぞ。
診療所のホームページ www.akiyama.med.br では過去の「開業医のひとりごと」を閲覧いただけます。

月刊ピンドラーマ2024年5月号表紙

#海外生活 
#海外 
#医療 
#医師 
#ブラジル 
#医学 
#サンパウロ
#月刊ピンドラーマ 
#ピンドラーマ   
#秋山一誠 
#新型コロナウイルス
#糖尿病

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?