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実録エッセー『ブラジルあるある』 カメロー万歳 第94回 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2024年10月号

それは、とある日曜日のことであった。

隣町の青空市場で行商を終えた我々は無事に家に到着した。車を車庫に入れ、まずは荷物を運び出す。商売道具やコーヒーポット、購入した野菜などをである。

ひと通りモノを出してホッとしていると、何だかあたりがガソリン臭い。気のせいかと思い、犬のようにクンクンしてみるが、やっぱり臭い。それもかなりキョーレツな香りだ。

こりゃまさかガソリンタンクに亀裂でも入ったかと、車庫の床を確認してみたが、オイル漏れということでもなさそうである。

じゃあ一体どこから?
と、ボクとちゃむは顔を見合わせた。

先週、先々週と市場から帰ってきたときもガソリン臭さを感じていた我々である。ちゃむは心配していたが、『気のせいだろう』と見てみぬフリをしてきたのは、何を隠そうこのボクだ。

が、いよいよこれはオカシイ。マチガイなく何か良くないことが起きている。鉛色の愛車を眺めながら、ボクはすこぶる憂鬱であった。

次の日も青空市場で仕事をこなした。

この日は地元での営業だったので、車をつかうと言っても片道1キロほど。ガソリン臭いという点以外は異常が見当たらなかったため、通常どおりに運転してしまった。まさかいきなり爆発するということもないと思うが、不安は不安である。

13時に市場での仕事を終えると、行きつけの修理工場に顔を出し、症状を説明した。

そこのボスであるイヴァンとは、ボクがブラジルで初めて買った中古車の修理をきっかけに知り合ったのであるが、この車はとにかくもうありとあらゆるところがベコベコで、その容貌はまさに『死にかけの野良犬』であった。

車の問題が発生するたびにイヴァンの元へ駆け込むという生活が5年は続いたであろうか。ある日、自宅から90キロほど離れた田舎道を走っていたときにオーバーヒートで走行不能となり、ボクはイヴァンに泣きついた。ダメ元のお願いではあったが、なんと彼はマイカーを出して迎えにきてくれ、ボクの車を家まで引っ張ってくれたのである。

そんな歴史もあって、イヴァンには全幅の信頼を置いているボクなのである。

ちなみにその時のオンボロ車は最低限の修理をしたあと、わずか800レアル(約22000円)で売却してしまった。今の車は『FIATウーノ2002年式』で、ガソリン臭さを除けば絶好調の活躍を見せてくれている。

とにかく翌日の8時に車をもってこいということになった。時間どおりに行くつもりだが、彼が8時きっかりにボクの車を診てくれるという保証はどこにもない。なぜならここはブラジル。常に突拍子もないことが突拍子もなく発生するので、口約束など大したアテにはならないのである。以前、同じように8時に来いと言われたことがあったが、出向いてみると、すでにイヴァンは250キロ先の街に向けて出発したあとであった。

前夜には、
「8時に来るんだぞ!バッチリ直してやるからな!」
と、宣言していたばかりだったというのに。

翌日。

ボクは文庫本をもって修理工場へと出かけた。本を持参したのは、もちろんヒマつぶしのためである。

8時ピッタリに到着すると、すでに他の車をイジっているイヴァンの姿があった。

ボンヂーア! 
などと言いながら握手を交わし、しばらく彼の作業を見守りながら世間話などをしていたが、いろんな客が次々と現れては、自分の車の症状などを情熱的に語っていくので、イヴァンを独り占めにはできない状況である。

多少のジェラシーを感じながらも、
『イヴァンが次イジるのはオレの車なんだからな!お前ら横入りはすんなよな!』
と、心のなかで強く念じた。何せ車のことだから、たった一人に横入りされても大幅な時間のロスとなる。

あたりに睨みをきかせながら、持参した文庫本をパラパラとめくっていると、程なくしてイヴァンがやってきた。今回は30分ほど待っただけで順番が回ってきたので、まあ順調な範囲内といえるだろう。

すでに症状は説明してあったので、
「まずはガソリンタンクを開けてみよう」
ということになった。

車のハッチバックを開け、車内に広げてあるブルーシートをひっぺがす。ボクの車は商売道具を運ぶために後部座席が取り外されているので、こういうときは便利である。

ガソリンタンクは車の中央部分より少しだけ後ろの方にあった。何本ものネジを外して外蓋を取り、さらに内蓋を外していく。するとついにガソリンポンプらしき物体が現れた。その上部にはガソリンがジワジワとにじみ漏れている。

満足げに頷くイヴァン。それにつられて笑顔になるボク。

どうやらガソリンポンプの上部に亀裂が入っているようだ。

問題のある箇所さえ見つかれば、あとは対処するだけである。イチバン困るのはどこに問題があるのかわからず右往左往することなのだ。

(今日はやけにスムーズだなぁ。スムーズすぎて怖いくらいだ)
思いがけない展開に嬉しくなったが、果たしてこのまま順調にいくのだろうか…。という、かすかな不安はあった。

長いブラジル生活で様々な目に遭ってきたボクであるから、何事にもすっかり安心するということはない。どんなに順調に物事がすすんでいるように見えても、落とし穴はいきなりやってくるからだ。

ガソリンポンプを取り出すと、あたりにはこれでもかというほどのガソリン臭が漂った。水でキレイに洗い、改めて亀裂部分を確認するイヴァン。問題の箇所に洗剤を塗り、内部から水を流し込むと泡がプクっとふくらんだ。

やはりここに亀裂が入っている。

対処法はシンプルで、この部品をガソリンポンプから取り外し、新品に取り替えれば良いだけである。あいにくイヴァンの店には在庫がないというので、別の店で調達した。

ここまでは順調である。問題はこの後であった。

調達した部品をさっそく件のガソリンポンプに取り付けようとするイヴァンであったが、どういうワケかうまくハマらないのである。

途中まではスルスルと入っていくのだが、最後の『カチっ』とハマらなければいけないハズの段階になると、途端に反抗的な態度を示し、まるでグレた中学生のように言うことを聞かない。

はじめは穏やかな表情を浮かべていたイヴァンも、
『そっちがその気なら、こっちもその気になるぞ』
とばかり、2メートル近い巨体に力をこめ、丸太のような腕に血管をみなぎらせて頑張りはじめた。それは一見、とても頼もしい光景のように映るかもしれないが、ボクは内心ハラハラである。

うまくハマってくれない相手に対して、力でねじ伏せようとするのはいかがなものか?

『痛がってる娘に無理やり挿れちゃあ、いけないヨ』
などと、下ネタのひとつも言いたくなってくる。

が、相手は女のコではなく車の部品である。イヴァンは尚も顔を真っ赤にして挿入を試みていたが、どうしてもハマってくれない。もはやここまでかと諦めかけたとき、彼は唐突に最後の手段に出た。

なんと、調達した部品の挿入口をドライバーでメチャメチャにかき回し始めたのである!少し削って径を大きくすれば挿入できるだろうという安易な発想であることは明白だったが、これでもう後戻りはできなくなった。 

ボク的には、ハマらない部品はどうやったってハマらないのだからどこかに欠陥があるはずだと考えていた。だからもう一度、型番を確認するなりして、別のメーカーのパーツなども試してみたかったのだが…。すでにキズものにされてしまった今となっては、後の祭りである。

イヴァンのことは信頼しているが、今回の件に関しては向こう見ずだったと言わざるを得ない。結局、何をどう細工してもその部品がカチっとハマることはなく、ボクは絶望のどん底へと突き落とされてしまったのだ。

まさに『ブラジルあるある』である。

仕方なく、別の部品屋で別メーカーのパーツを発見、そちらを購入して事なきを得たのであるが、ではキズものにされてしまった例のパーツの処遇はどうなるのであろうか?

店側がキズものの返品に応じるとは到底思えないし、かといってイヴァンを責めるのも気が進まない。結局、この損はオレが被るしかないのかと半ば覚悟を決めていたボクだったのだが、意外なことが起きた。なんとイヴァンが返品に成功したのである。

一体どのようなマジックをつかって?
と訝しんだが、彼の言い分はシンプルかつ明瞭であった。

『あの部品は欠陥品。メーカーに返品しろ』
の、一点張りで押し通したというのである。

まあ正直にいうと、そうなのだ。型番はたしかにボクの愛車と一致している。それなのにハマらないということは、その部品に欠陥があるということなのだ。ではなぜそんなことが起こるのかというと、これも『ブラジルあるある』なのだが、そもそも田舎町で売られている旧車のパーツは『Universal 』と呼ばれる、安価に作られた中華製模倣品ばかりなのである。メーカーの純正品ではないから、度々このような事態が発生するのであり、ボクのような消費者からすればたまったものではない。が、旧車のパーツはとにかく手に入りにくいし、たとえそれが『Universal』の粗悪な模倣品であっても、『ないよりはマシ』ということになるのである。

結局、今回の件で損を被ったのは、キズモノのパーツを無理やり返品させられた部品屋であった。部品屋の奥さんがエヴァンジェリカ(福音主義者)であり、モノわかりの良い女性だったことは誠に幸運だったが、相手が頑固なブラジル親父だったらこうはいかなかっただろう。醜い口論の末、刃傷沙汰になることだって珍しくはないのである。

今回、ボクは本当に幸運だったと思うのだが、そもそもこれが日本だったら、
『この部品、挿入できねぇっ』
などという事態も起きてなかったであろうから、やはりブラジルという国は一筋縄ではいかない。

だが、そんなブラジルが好きになってしまったボクであるから、トラブルをも楽しみながら生きていくしかないのである。

それではまた再来月にお会いましょう!


白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu

月刊ピンドラーマ2024年10月号表紙

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