「山火事」 栗御殿への道 第13回 田中規子 月刊ピンドラーマ2024年11月号
ブラジルの乾季、冬の間はあちこちで山火事があり、ブラジル俳句の季語にまでなっている。風物詩というと聞こえはいいが、何年も育てた栗の木が燃えたらたまったものではない。とはいえ山火事は消火が難しく自然発火も多いので仕方ないものと思っていたし、事実そういう風潮でもある。それをいいことにいたずらで放火する輩も多い。また畑では処理に困る雑草や雑木をわざと焼くこともある。しかし今年の乾燥と山火事の多さは特別のようだ。10月まで約3か月雨が降らず、乾燥とあちこちの山火事の煙が漂い、9月にはサンパウロ市が世界一空気が悪いと報道された。
◎自ら消火活動に従事
私の農場のある地区もあちこち山火事があり、燃え広がらないようちょっとしたボヤや煙を見ると関係する農場に連絡したり、消火活動を個人的に続けていた。隣近所や人気の少ない道沿いの竹林や雑草が生い茂る場所が何度も放火されるのだ。特に竹林は危ない。竹は油分が多く含まれていることと、まっすぐ高く伸びているので炎があっという間に上に燃えあがりあたりに広がっていく。そして消防署は山火事には出動してくれない。家が燃えているか、家が燃えているため被害者が出るという話でなければ出動してくれないのだ。農村部では山や畑のすぐそばに人が住んでいるので山火事は本当に危ないのにも関わらず。そして私のところも隣も近所も山火事がよく起こるすぐそばに住んでいるのだ。山火事は自分たちでなんとかするしかない。
そういうわけで、このカラカラの気候で火がついているのを見るとすぐに周りへの連絡と消火活動をするようになった。最初はどう消火すればいいかわからなかったので連絡だけしていたのだが、うちのピックアップ車の荷台に100Lのドラム缶を2個積んで水を入れ、燃えている近くまで車でいってドラム缶の水をバケツリレーで火を消すようになった。最初はすぐ消せると思ってクロックスを履いて燻る竹林に入って水をかけていたが、やっぱり足が火傷しそうだしススだらけになるので長靴を常備するようになった。
◎あたり一帯が火の海に
そして忘れもしない8月23日、ブラジルで記録的な数の山火事があった日。近所の竹林から夕方炎が燃え広がり、隣の牧場が全焼、あたり一帯が火の海になった。その火がうちのすぐ前まで来た。あまりにも大規模に燃えるのでバケツリレーなんかではどうしようもない、ということを悟った。近所の種苗会社サカタも一部燃えたのでサカタが消防を呼び、こちらにも消防車が来てくれるように頼む。消防車が来たときは既に栗畑の近くの竹林に火がついていたが、さすがに消火は早かった。が、消防車は竹林の中に入れないため、ぶすぶすとまだ燃えているところを完全には消火できないまま、ほかの消火へと行ってしまった。このままでは栗畑が心配だったので、私はバケツの水をもってまだ燻る竹林に入って水をかけた。竹林のなかのアルマジロの巣穴に膝まで落ちて捻挫してしまった。やっと延焼が心配ないと思えるようになったのは夜中の1時。全身ススだらけのまま、ベッドが真っ黒になるなんてもうどうでもよくなって夫と2人とも力尽きて寝た。
この火事の際、竹林の奥まで入ってバケツで水をかけるのが大変だったので、ポンプで水を遠くまで飛ばせたらもっといいのにと夫が言いだした。灌漑用のポンプで簡単に持ち運べる軽いものがあるとわかり、すぐにポンプを買った。このポンプがあればドラム缶などの水源から水をもっと遠くまで飛ばせる。このポンプは水場からホースを20m引き、蛇口からは5mほど水を飛ばせるので、つまりは車から20m以上先を消火できる。ポンプがあるから次はもっと簡単に消せると思ったが、そうはいかないことに後で気づかされた。
◎ついに我が農場も
我々が小旅行に出ている間になんとうちに火がついたと敷地内の住人から電話があった。予定を切り上げてすぐ帰途についたがどんなに早く帰っても3時間はかかる。サカタや隣、うちに仕事に来ている人たちに夫が電話をかけまくり、なんとか消火を手伝ってもらうようにお願いする。この時、隣近所の人たち、うちに仕事に来ていた人たち、警察、消防、サカタなどみんなが来てくれて消火してくれた。言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいになった。我々が自宅に到着したときは既に全部消火され、サカタと隣がまだいてくれた。栗の木は幼木が50本、苗は100本、大きな木が全部で10本ほど焼けてしまった。家の近くまで燃えていて、大きなガスボンベの近くまで黒く焦げていて背筋が寒くなった。あのガスボンベが燃えたら爆発して家も焼けていた。隣の人が消してくれたのだが、彼も命がけだったのだ。いつも屋根でのんびりしている猫のマリちゃんが煙にまかれてないか心配だったが、屋根の隙間で怯えていた。ポンプが使えていたらこれほどは焼けていなかったのにと悔しかった。
◎続く山火事
うちが燃えた3日後も近所で夕方山火事があり、車の荷台のドラム缶とポンプをもって出動した。畑が燃えて近くに民家があった。我々が行ったら、家から心配そうに火をみつめる人がいて、火の近くではゴム草履を履いてスコップで火に土をかけて消火している人がいた。すぐにあちこち飛び火して建物の近くが燃え始めていた。我々は車で行けるところまで行き、消防士さながらポンプで勢いよく水をかけるとザーッと火が消えていった!やった!ポンプいいぞ!しかしドラム缶の水はポンプを使うと10分ともたずに水がなくなる。民家でドラム缶に水を補充するのは30分ぐらいかかっただろうか。それを待つ間、長靴で火を踏み消したり、箒で叩き消す。そのうち消防車が来てくれたがやっぱり火の近くまで入れない。そこで消防車は荷台のドラム缶に数分で水を満たし、うちの車が火の近くまでいきポンプで水をかける。それを何度か繰り返す。ちなみに消防士は火と煙と奮闘する私を隣でみていた。なんとか消火して帰るとき、民家の人から借りた焼け焦げた箒を返したら、まだ使えると笑っていた。
◎悪いことばかりではない…
山火事が頻繁に起こるため、近所との連携ができてきた。うちの土地は種苗会社のサカタと近いため、サカタの土地が燃えていたらすぐに連絡していたところ、我々に協同してくれるようになり、こちらが燃えているとサカタから消防署や警察に連絡してくれたり、サカタの水タンク車をだしてくれるようになった。近所の人たちでワッツアップグループを作り火事対策の連携をしようと提案もしてくれた。地域との繋がりがもてたことは良かった。
また、うちの焦げた土地をみてしばらくはがっかりしていたのだが、高い雑草で覆われていた土地の雑草、雑木が一掃され、広い土地がみえてきた。よくみればまだ栗を植える土地があるじゃないかと。というのは、火事の被害届を警察に出す際、改めて栗の面積を計算したら土地の25%ほどしか利用してなかったことに気が付いた。焼けたことは悪いことばかりではない。山火事を乗り越え、新たな事業拡大もみえてきた。ブラジルの環境法では自分の土地でも2次林や森を切ると罰金をくらうのだが、未利用地を焼きたい農家の気持ちも痛いほどわかる。いろいろ考えると複雑な気持ちになるが、猫のマリちゃんも無事だったことだし、よしとしよう。
月刊ピンドラーマ2024年11月号表紙
#起業 #海外生活 #海外
#エッセー #ブラジル #アチバイア #サンパウロ
#月刊ピンドラーマ #ピンドラーマ
#栗 #田中規子 #栗御殿