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第61回 実録小説『神様ありがとう』  カメロー万歳 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2021年4月号

#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ  2021年4月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文

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 その日、白洲太郎と彼の妻になる予定のちゃぎのは隣町へと車を走らせていた。何をするのかというと、もちろん仕事をするためである。忌まわしきパンデミックによっておよそ一年にわたり隣町への行商が禁止されていたが、ここ数か月、予想外の出費が嵩んでいる太郎は、そろそろ自分の住む町以外でも仕事がしたくなってきたのである。

 隣町はかつて、しらす商店の売上に大きな貢献をしていたドル箱であり、そこからの収入が途絶えたことは大きな痛手であった。とはいえ気楽な田舎暮らしである。週に1、2回、働くだけで生活は十分に成立していたが、以前は週に4日ガッツリと行商していたし、金はあるにこしたことはない。現状を確認するためにも、隣町への視察は必須事項であった。

 数か月前までは、まるで市街戦でもあったかのようにえぐれていた道路がキレイに舗装されている。町までは約50キロほどの道のりであったが、太郎は鼻歌を歌いながら軽快に車を走らせた。天気こそ曇りであったが、爽やかな風がそよいでいる。

 車を青空市場の駐車場に滑り込ませると、太郎はまず市場の管理人であるフィスカウ(fiscal)の姿を探した。各町の青空市場には必ずといっていいほどフィスカウが存在しており、ショバ代の徴収から、各露天商のポント(定位置)の割当などを一手に握っている。青空市場で仕事をする以上、避けては通れない存在なのである。太郎とこの町のフィスカウとは長いイザコザの歴史があった。10年前に初めてこの地を訪れたときからの因縁で、太郎とフィスカウはことあるごとに衝突しては口論を繰り返してきたのである。

 その1番の理由はポントであった。露天商にとってのポント、企業などでも、モノやサービスを提供するような業態では、出店場所の選定にかなりの労力を費やしていると思われるが、カメローにとってもそれは同様で、ポントの良し悪しによって売上はかなりの振り幅で左右されることになる。

 もちろんポントがすべてというわけ訳ではないが、できることなら人通りの多い、なるべく目立つ場所に屋台を設営したいと思うのが人情というもので、その折り合いがことごとくつかなかったのがこの町のフィスカウなのである。めぼしい場所を見つけても、なんやかやとイチャモンをつけられ、人が誰も来ないような隅の方へと追いやられる。そういうことが何度も続くと、太郎は自分だけが意地悪をされているような気分になった。フィスカウはルールに則っているだけで、個人的な差別をしているわけでないことはわかっていたが、たとえそうだとしても、辺鄙な場所でわざわざモノを売る気にはなれない。

 太郎は指定された市場内で屋台を設営するのを諦め、フィスカウの目の届かぬ場所、つまり町中で勝手に開業することにしたのであるが、これが大当たりとなった。彼が選んだ場所は四方八方から人がやってくるプチ広場のようなところで、青空市場に向かう客の通り道にもなっている。この恵まれたロケーションを最大限に活用した太郎は、水を得た魚のごとく安物アクセサリーを売りまくり、その栄華は8年もの間、続いたのであった。

 しかし無常の世の中である。栄枯盛衰、栄えるものは必ず滅び、栄光が続くことなどあり得ない。

 それまでは市場の管理だけを任されていたフィスカウが、その枠を飛び越え、市場以外の露天にまで口を出すようになってしまったのである。どうやら現市長派である地元のコメルシアンチ(商店主)たちがプレフェイトゥーラ(市役所)に働きかけ、露天商排除条例のようなものが発令されてしまったらしい。取り締まりは厳しいものとなり、我が世の春を謳歌していた太郎にもその手は伸びてきた。はじめは知らぬ存ぜぬ、のらりくらりとフィスカウの立ち退き要請をかわしていた太郎であったが、日を追うごとにプレッシャーがキツくなり、無視し切れない状況に追い込まれていったのである。

 そんな中にあっても、ドル箱の売上を手放したくない太郎は頑張った。たとえ天地がひっくり返ろうとも立ち退きには応じん。矢でも鉄砲でももってこい! わしゃ絶対にここを動かんぞ! 眼を血走らせながらフィスカウへの抵抗を続ける太郎であったが、旗色は著しく悪かった。そして決定的ともいえる事件が起きてしまうのである。

 ある日。いつものように隣町の広場で屋台を設営、やってくる客にbijuterias(安物アクセサリー)を売りまくり、缶ビールをガブ飲みしていた太郎であったが、いつなんどきフィスカウの野郎が現れるかわからない。周囲に視線を走らせ、一事が万事、警戒を怠らない態勢を整えていたが、生理現象だけは致し方ない。客の流れが落ち着いたころを見計らって、太郎は数百メートル離れた草むらまで用を足しに行った。今日も売れ行きは絶好調である。数か月分の家賃は楽に稼げてしまいそうな勢いで、いわゆるホクホクというやつであった。小便を済ませ、鼻歌を歌いながら屋台に戻ると、ちゃぎのが浮かない顔で佇んでいる。さては一瞬のスキをついて、フィスカウのガキが現れやがったか! と顔色を変えた太郎であったが、時すでに遅かった。

 当時ポルトガル語をロクに喋れなかったちゃぎのは、フィスカウが差し出した承諾書に訳もわからずサインをさせられてしまったのである。拒否することもできたはずだが、いかんせんちゃぎのは気が弱い。強く言われるがままにサインをしてしまい、そうなってしまっては後の祭りである。その紙切れには、今後指定された場所以外でモノを売ってはならず、従わない場合は国家権力による制裁も辞さず、という旨のことが書かれてあった。太郎はがっくりと肩を落とし、地面に這いつくばりそうになるのをじっと堪えたが、この一件でちゃぎのを責めるのは酷であった。遅かれ早かれ立ち退きはさせられていたであろうし、近いうちに警察が介入してくるという噂もしきりだったのである。

 以上の理由により、太郎は再び青空市場内で仕事をせざるを得なくなった。空いている場所といえば、通行量のまるでない過疎地のようなスペースしかなかったが、それでもやらないよりはマシである。幸いなことに俺にはちゃぎのがいる。二人三脚でまた頑張ろう。という前向きな姿勢が功を奏したか、辺鄙な場所であるにも関わらず、少しずつ客足が戻ってきたその矢先に、パンデミックになってしまったのであった。

 数か月ぶりに隣町の青空市場を訪れた太郎は、当時の思い出を振り返りながらフィスカウの姿を探していたが、場内は閑散としており、依然として部外者の規制が行われていることは明らかであった。当分の間、コロナによる営業自粛が続きそうであったが、半ば予想していたことでもあり太郎は冷静にその事実を受け止めた。ちなみに当のフィスカウもコロナにかかって入院してるとのことである。彼とは浅からぬ因縁があるが、早く復活してほしいものだ。そんなことを思いながら、太郎とちゃぎのはパステウを頬張った。コロナで騒がしい世の中ではあるが、彼らにとってはとても平和な1日である。

 神様ありがとう。

 誰に言うでもなく、太郎は呟いた。

 怪鳥が空高く舞い上がっていた。

白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう



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