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「焼き栗」 栗御殿への道 第12回 田中規子 月刊ピンドラーマ2024年9月号

プッシュー!と、勢いよく蒸気が飛び出し香ばしい栗の匂いがあたりにたちこめる。圧力式焼き栗機に出会ったのはアチバイアの農場購入前年の2012年、茨城の栗農家だった。焼き上がりの驚き、その香ばしい風味、自然な甘さに感動し、これだ!これしかない!と心に決めた。栗の加工も全くの未経験の私は、機械さえあればこんなおいしいものができる!私にもできそう!と直感したのだ。

農園をはじめるというのに農業技術力も経験も皆無の私は、栽培ハードルの低い果樹を選ぼうと考え、栗を考えたのだが、ブラジルでは栗の収穫期は1月がピーク、生栗の値段のピークは12月で1月には大暴落していくため、1月の安くなった栗は加工用にしようと考えた。栗を栽培すると決めたころ、夫と栗の産地を訪問した。茨城、長野、岐阜の栗農家や栗菓子屋さん、栗の加工企業を訪問し、その時茨城の農家が新たな圧力式焼き栗機で焼き栗を販売しているのを見て感動した。従来の焼き栗機と違いこの機械が画期的なのは、圧力がかかることによる焼き上がり時に飛び出す蒸気、栗の皮が剥けやすくなること、甘みが増すことである。

この機械さえあれば私でも栗の加工品ができる!と、思った私は農場をはじめた3か月後にはもう一度日本に行き、圧力式焼き栗機を購入し、70㎏の機械をなんとかスーツケースにおしこんで持って帰ってきた。空港で荷物をX線で見た職員は「こりゃ大砲か?」というので、笑いながら「違うよ、圧力鍋だよ」と言ったら笑って通してくれた。

栽培の方はまだ栗を植えていなかったので、もちろん焼くための栗があるはずもなく、栗はミナス州の日本人栗農家から購入した。焼き栗がブラジルにはないので、自分の農場の栗が生産できてから焼き栗のマーケットをつくるなんて遅すぎる、先に市場開拓を始めておこうと思った。だから私の農場は、栗の栽培より先に焼き栗屋さんからはじまった。

はじめて焼き栗屋さんを出店したのは、農場の隣町、ブラガンサパウリスタ市日本人会主催の日本祭りだった。なんとその時、サンパウロ市から焼き栗を買いに来てくれた日本人駐在員がいた。焼き栗を求めて地方の小さなお祭りまで足を運んでくれたことに驚きと感謝の気持ちでいっぱいだったが、同時に「日本の味」への執念のようなものを感じた。ありそうでないブラジルでの「日本の味」に私も飢えていたのでその気持ちがよくわかった。焼き栗屋さんはしばらくは日系のお祭りで出店させてもらった。いろんな地方の日本祭り、桜祭りなどで焼き栗機と栗を運んで出店し続けた。日本から来ていた留学生もよく出店を手伝ってくれた。ある時、年配の日本人が焼き栗を食べて「懐かしくて涙が出た」といってくれて、我々もこっそりもらい泣きしていた。

お祭りでの出店を中心に焼き栗を販売していたのだが、平日の朝農場に一人でいき、夕方サンパウロに戻る生活を続けるうちに、農場で焼き栗を焼いて持って帰ってサンパウロの駐在員に販売したらどうだろうと思いついた。そのころ、語学学校で知り合った日本人にぜひ焼き栗を販売してほしいといわれたこともあった。サンパウロの駐在員は、夫の職場の近くに集住しているので、夕方仕事帰りの夫をピックアップして一緒に配達したら好都合だと思った。そうしてはじめた焼き栗宅配販売だった。

日本人、日系人は栗や焼き栗を理解してくれたが、ブラジル人に説明するのは困難だった。ナッツ類の総称、カスターニャというと、ブラジルナッツか?カシューナッツか?と言われ、カスターニャ・ポルトゲーザ(ポルトガルの栗)といえば、モノが何かは理解してくれるもののポルトガルからの輸入栗じゃないから違うじゃないか!と、怒られたり。ポルトガルの栗の方が断然おいしい!と、言われたり。いやいや、うちのが断然おいしいと心の中で呟く我々だった。

そんなわけで、もう10年以上焼き栗販売を続けているものの、なかなかブラジル社会への認知はすすまない。が、日本人、日系人が焼き栗を根強く買ってくれるおかげで続けられている。さらには栗を原料としたモンブランなど栗菓子への展開がだんだんブラジル社会に認知されるようになってきたのが最近の新たな動向である。栗好きな日本人、日系人の栗愛、そしてそのみなさんのブラジル食文化への影響力が私の販売活動を支えてくれているのだと思う。


田中規子(たなかのりこ)
2005年よりブラジル在住。
2013年よりアチバイア市にていきなり栗栽培をはじめた。
栗の加工品、焼き栗、栗菓子を作り、イベントや配達で販売中。栗拾い体験、タケノコ狩りなども農園で実施中。
Instagram: @sitiodascastanheiras

月刊ピンドラーマ2024年9月号表紙

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