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第71回 実録小説『白洲太郎のミッション・インポッシブル 後編』 カメロー万歳 白洲太郎

#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ  2022年2月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文

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 2021年10月某日。

「よお、ジャパ。お前の車、駐禁切られちまったみたいだぞ」

 充実の青空市場を終えた白洲太郎にとって、友人のダニーからもたらされたこの一言はあまりにも衝撃的であった。カギを握るのは市場の管理を任されているヴィニーという人物であるが、時刻はもうお昼過ぎ。どこをどう探しても彼の姿を見つけることはできず、おまけに電話もつながらないのである。幸運なことにヴィニーと太郎は旧知の間柄であった。直接話せば誤解もとけ、駐禁をキャンセルにしてくれるかもしれぬ。こうなった以上、直談判しかない。と、かたく決意した太郎であったが、問題はヴィニーがどこに住んでいるのかわからないということである。焦燥に駆られつつも、2、3の露天商仲間に聞き込みをし、裏付けをとっているうちに有力な情報が飛びこんできた。それによるとどうも、ヴィニーはエンカンターダという村落に住んでいるらしい。エンカンターダはここから約5kmほどのところに位置するpovoado(集落・村落)で、太郎も何度か訪れたことがあった。30軒ばかりの家屋が立ち並んでいるこじんまりとした地域なので、現地まで行けば何かしらのインフォメーションが得られるであろう。太郎とちゃぎのははやる気持ちを抑えて車に乗り込んだ。

「あのー、市場でフィスカウをしているヴィニーの家を探してるんですけど」

「ああ、ヴィニーの家か。あの大きなマンゴーの木の横に赤い家屋が見えるじゃろ? あそこじゃよ」

 エンカンターダのエリアに入るなり、通りがかりの老人が教えてくれたのである。幸先の良いスタートだ。こりゃ案外スムーズに解決するかもしれん。などと呟きながら欣喜雀躍、早速太郎は赤い家を訪ねることにした。

「ヴィニー、オレだ!ジャパだ!」

 家の前で大声を張り上げると、

「俺がヴィニーだが」

という低い声とともに、ヴィニーとは似ても似つかぬ大男がぬうっと現れた。完全に予想外の展開である。仰天した太郎であったが、

「ボクの探しているヴィニーは、青空市場でフィスカウという役職についている、背が低くて、口のまわりにヒゲが生えている人物なのですが、ご存知ないですか?」

 震える声で訊いてみると、

「ここらでヴィニーといえば、オレだけだ」

と、にべもないのである。

 ならばオレの求めるヴィニーはいずこ?

 礼を言って赤い家屋を辞すると、太郎は虚ろな目で空を見上げた。駐禁を切られるのは悔しいが、もはやここまでか…。がっくりと肩を落とすと、諦めの気持ちが滲みでてきた。と同時に、ある閃きが脳内を横切ったのである。そういえばこの村落には親友エリアスの親族が住んでいる。彼らを訪ねれば何か新しいことがわかるかもしれない。

 そう思い直した太郎が昔の記憶をたどりながら彼らの住居を探していると、すぐに見覚えのある家に着いた。レンガ造りの素朴な家だが、家屋は広く、そして大きい。しーんと静まり返った室内に向かって、まずは声を張り上げ、次に手拍子で来意を告げた。しばらくすると、眠気眼の白髪の男性がゾンビのような足取りで姿を現したのであるが、彼こそ親友エリアスのsogro(義父)、ジョルジである。どうやら昼寝をしていたらしく、目をショボショボさせているのが気の毒であったが、背に腹は代えられぬ。急な訪問を侘び、かくかくしかじか、市場でフィスカウの役職についているヴィニーという青年に会わねばならぬのだがどこに家があるのかわからない。噂によるとこの村に住んでいるらしいのだが…。という事情を話すと、ジョルジは我が意を得たりといった表情で、この村落に住む大男のヴィニーについて話し始めたが、彼が太郎の探すヴィニーでないことは証明済みである。しかしジョルジはかまわずに喋り続け、大男のヴィニーを訪ねるよう執拗にすすめてくる。ジョルジの年齢を考えれば、こちらが辛抱強くなるべき場面である。決して怒ってはイカン。と自らに言い聞かせ、根気よく説明を続けたが、太郎が何を言っているのか、ジョルジには最後まで理解できないようであった。そうこうしているうちに彼の息子たちが続々と現れ、そのうちのひとりであるファブリシオが太郎に有力な情報をもたらしたのである。それによると、太郎の探し求めている人物は『ここから7kmほど先にあるトランケーラという村落に住んでいる』ということらしい。ファブリシオに何度も確認をとった太郎は、トランケーラに住むヴィニーが、自分の探しているヴィニーと同一人物であることを確信した。ならば一刻も早く突撃するしかない。

「トランケーラへはどのように行けばよろしいのでしょうか」

 身を乗りだして質問すると、その場に居合わせた男たちがてんでバラバラの説明を始めたので太郎は困惑した。ひとりがこっちと言えば、もうひとりがその反対方向を指さすといった有様で、誰を信じたらよいかわからない。見かねたファブリシオがインターネットをつないで地図を見せてあげたらいいじゃないかと提案し、それがもっとも確実だと喜んだのもつかの間、今度はWi-Fiのパスワードに関して問題が起きた。ジョルジが言い張る「19521123」という数字ではインターネットがつながらないのである。ちゃぎののiPhoneで地図を読み込み、オフラインでもマップを確認できるように調整したかったのだが、いきなり暗雲が立ち込めてきた。ジョルジに他の数字を思い出すように促してみても、「19521123」以外ありえまへん! と、取りつく島もないので、仕方なく息子たちのスマホで地図を見せてもらい、なんとなく村落の位置をつかんだ太郎とちゃぎのはいそいそと車に乗りこんだ。日が暮れる前にはトランケーラに着きたいところである。別れ際に、

「そういえば19521123はわしの生年月日やったわ、すまんすまん」

と照れるジョルジに礼を言い、太郎は車のアクセルを踏み込んだ。

 山道とはいえ、7kmの道のりなどあっという間である。幸いなことにさほどの苦もなくトランケーラの村落にたどり着くことができた白洲商店コンビは、ヴィニーの家を探しだすべく調査を開始した。
 車をゆっくりと走らせながら、道行く町民に訊いてまわる。その誰もがヴィニーの住まいはこの村落の外れにある家だ、と異口同音に言うので、いよいよゴールは近そうである。今回思いがけない災難に見舞われたが、なんとか解決してみせる。そんな決意を固めて、太郎はヴィニーの家の門を叩いた。

 ところが、出てきたのはだらしのない格好をしたおばさんで、ヴィニーはまだ市場から帰ってきていないという。ならば帰ってくるまで待たせてもらおう、そう言いかけたとき、バイクの排気音が聞こえてきた。音のする方へ駆け寄ってみると、紛れもなくフィスカウのヴィニーである。夢にまで見た彼の姿が眼前に! 太郎はquerido(愛しの人)の足元にひざまずき、涙ながらに窮状を訴えた。あの場所に駐車したのは決して悪気があってのことではなく、単に不注意であったこと。二度と同じような過ちは起こさぬから、駐禁をキャンセルにしてはくれまいか? 後生だ、一生のお願いだ。こんな頭ならいくらでも下げるから。と平身低頭する太郎であったが、

「あの車はお前のだったのか。持ち主を探すために写真は撮ったが、駐禁なんて切ってないし、オレにはそんな権限もない。ダニーの野郎、お騒がせなこと言いやがったな」

と、笑顔を見せるヴィニーの姿に後光がさして見えた。

 なんのことはない、すべてはダニーの勘違いだったのである。駐禁を切られたという事実など最初から存在しなかったのだ。太郎は顔をくしゃくしゃにさせながら喜びに打ち震えた。

 拍子抜けするほどあっさりとこの事件は解決してしまったが、しなくてもよい苦労をしたうえに、帰りの道中で落とし穴にハマった太郎の車はドライブシャフトの交換を余儀なくされることになる。結果として駐禁を切られるよりも高い代償を支払うことになったのであった。とほほ。


白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu


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