醍醐麻沙夫(作家、1935-2024) ブラジル版百人一語 岸和田仁 月刊ピンドラーマ2024年6月号
作家開高健の『オーパ!』(単行本1978年、集英社文庫1981年)は、いろいろな意味において画期的であった。1977年8月から10月にかけての2か月間、サンパウロ~アマゾン~パンタナル~ブラジリア~サンパウロという行程を移動した、釣り紀行にしてノンフィクション作品であるが、開高のペンによるピラニアやピラルクー描写もさることながら、ブラジル各地住民の観察記録としても貴重な作品であった。とにかく面白く、時にリズミカルに文章が流れたかと思うと、急に思索的なところもあったりで、さらに、フォトグラファー高橋曻の迫力ある写真の数々にも読者は圧倒されたからだ。単行本(大型豪華版)、文庫本も合わせれば、30万部以上という販売部数からみても、多くの読者を興奮させたことは間違いない。
担当編集者として開高のブラジル取材の旅に同行したのが菊池治男であったが、彼は33年後、再びブラジルを訪問し、回想録を書き上げている。『開高健とオーパ!を歩く』(2012年、増補新版2021年)である。このなかで、開高のブラジル行きを仕掛け、現地での案内役を務めた醍醐麻沙夫について書かれている部分を引用してみよう。
本名、広瀬富保が、大学卒業後すぐブラジルへ移住、ピアニストやサックス奏者として活躍した後、輸入商社の営業マン、画廊経営、フッコ(スズキ)釣り専業、日本語教師などで生計を立てていた時、出会ったのが、創刊間もない移民文芸誌「コロニア文学」であった。文学に開眼し作家に転進してからは、筆名、醍醐麻沙夫として自らの体験を小説化した『夜の標的』(1975年直木賞候補作)や、『「銀座」と南十字星』(オール読物新人賞受賞)などの中間小説から移民小説、推理小説、ノンフィクション、釣り紀行、エッセイ集まで精力的に書き続けることとなり、のべ20冊以上の本を刊行している。
醍醐さんの作品群のなかで筆者が一番評価しているのが中編小説『森の夢』である。通訳5人男の一人として入植地での脱耕問題を切り抜けた平野運平が、1915年、希望者を募ってリンス近郊の湿地を開墾して平野植民地を開設したものの、初期段階でマラリアにやられ入植者の半数以上が亡くなる、という実際の悲劇的史実に沿ったドキュメンタリー小説である。
冒頭に引用したのは、『アマゾン河の食物誌』(集英社新書、2005年)の最終部分からである。ベテラン作家となった著者のブラジル体験回想記でもあり、ブラジル食文化についての体験的コメントの数々は説得力があって面白く読める新書に仕上がっている。
晩年の醍醐さんが心血を注いだのがデジタルサイト「ブラジル移民文庫」(改訂版2012年)の入力、改訂であった。このデジタルライブラリーには、ブラジル史、移民史、コロニア小説選集、芸能史関連など160点もの絶版本や資料が収録されており、極めて貴重にして有用な知的遺産である。例えば、『トメアス開拓50周年史』も半田知雄『移民の生活の歴史』もここで読むことができる。この偉業を残して、醍醐さんは、今年3月20日急逝された。合掌。
月刊ピンドラーマ2024年6月号表紙
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