「山火事 その後」 栗御殿への道 第14回 田中規子 月刊ピンドラーマ2025年1月号
コラムをご拝読の皆様、あけましておめでとうございます。この原稿を書いている12月は栗の収穫がはじまり、1月の栗の収穫最盛期と栗拾いイベントの準備をしているところである。ピンドラーマ11月号を読んでいただいた友人、知人から火事は大丈夫だったか、ケガはなかったかというお声がけが少なからずあり、ご心配をおかけしたことを大変申し訳なく思うと同時に、皆様に見守っていただいていることをありがたく思う。栗の収穫期を迎え、火事で焼けた栗の木のことをおもうと本当に悔しいが燃えたものを悔やんでも仕方がない。
◎農場を整備する
農場の土地が燃えたのは9月24日だったが、その後の状況についてご報告すると、急速に農場が整い始めている。整地業者に焼け跡の整地を頼み、10月半ばには終えた。8月から始めていた業務用台所とお客様用ホールをつくっている左官屋さんは、整地業者のバックホーをみて作業の分担をし始め、下水を掘ったり水道管を埋める作業が迅速に進んだ。次に「お客様用ホールの前の電柱、邪魔なのでとりたいのだけどなんとかならないか?」と言ってみたら、電気屋さん、左官屋さん、整地業者が相談し始め、1日で電線を埋めてしまった。家で使う井戸水をためるタンクも火事で半分焼けたが、タンク修理のついでにタンクの掃除もできて水がきれいになった。みんなが農場を整備するためにあれこれ相談しあって協力しあい、思っていた以上に整いだした。いまは工事がクリスマス前に終わるようみんながんばっているところである。我々の不在時に火事を消してくれたのも彼らで、いい仲間にめぐり合えたことに心から感謝している。そして畑では毎日ピカピカの特大栗を見て喜んでいる。今ならこの栗は1粒R$2はするだろうと。
◎「環境維持」と「農家の負担」
そういうわけで、うちではその後いい方向に動いているのだが、山火事をめぐる農家や周りの状況について、説明しておきたい。ブラジルの環境法では、自分の土地でも川のそばは保護林を残さなければならない、在来樹は伐採してはいけないなど定められており、これを犯すと環境警察がきて罰金を課すのだ。そのため、自分の土地でも思うように利用することができない。例えばうちの場合、約10haあるが、土地の境界の半分が川に囲まれているため川の近くは伐採して農地にすることはできない。それにしても自分で購入した土地なのに、「環境維持」のために個人の土地が利用できない、というのはおかしいと思う。「個人の土地」が、「公共の環境」のために利用できない、つまり環境保全のコスト負担を個人の農家が負担しているということになる。山火事が絶えない理由の一つはそれもあるのだ。自分の未利用地をなくすため、わざと焼くこともある。実際、パンタナールでは大農場主が森林を焼き、罰金支払い命令が出された。
◎エストレーマ市でのプロジェクト
農家が存在することで水源地の保全や、環境保全がなされている、という共通認識のあるEUなどでは、農家の生活保障を国がしたり、ニューヨークでは水源地の農家にニューヨーク市が支援をしている。ブラジルではそんな取り組みはないもの思っていたら、なんとアチバイアからすぐ近くのミナスジェライス州エストレーマ市でそんな水源地保全のプロジェクトが実施されていることがわかった。
エストレーマ市では、2005年から水保全計画(Conservador das Aguas)というプロジェクトが実施されており、市が法令化している。この水保全計画では、源泉の保全及び回復、川べりの保全林維持及び回復を目的としており、このプロジェクトに参加する農家には「環境保全への支払い」をしており、①所有農地1haにつきR$300/年支払う、②源泉を保持する農家には最低給料の半分を年間に支払うなど、市が直接支払いしている。また保護林をつくるための苗木、源泉をまもるための柵、有刺鉄線、支柱の提供など物資の支援、保護林や源泉を保持するための技術指導もしている。市だけでなく、ブラジルの環境NGO(SOSマッタアトランチカ)、世界の環境NGOや民間企業もプロジェクトを支援をしており、クリスマスになると必ず買うパネトーネで有名なBauducco社もエストレーマに工場があり、このプロジェクトに50ha参加している。日本企業のパナソニックもエストレーマにあり、このプロジェクトの電気機器物資支援をしている。また水資源を守るため、下水処理の指導やそのための機材の支援をしたり、エストレーマの環境局は子供の環境教育にも力を入れている。こうして2005年から2015年の10年間で市は300万レアルを直接支払い、プロジェクト参加面積は6130haになっている。
アチバイア市も源泉があることで有名で、サンパウロ市の水源地を保有しているのだが、残念ながら市がこのように動いてはいない。環境保全のコストを行政やNGO、都市住民などみんなで負担する、という共通認識が広まり、コスト負担が農家だけに課されないようになれば、山火事も減るのではないかと思う。
月刊ピンドラーマ2025年1月号表紙
#起業 #海外生活 #海外
#エッセー #ブラジル #アチバイア #サンパウロ
#月刊ピンドラーマ #ピンドラーマ
#栗 #田中規子 #栗御殿