実録エッセー『ああ、キミか!久しぶりだな!』 カメロー万歳 第89回 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2023年12月号
2023年6月下旬。
ブラジル名物サン・ジョアン祭りが終わりを迎える頃、ボクの最愛のちゃむが4年半ぶりに機上の人となった。
久しぶりの、
『里帰り兼息抜きブラブラ旅』
というヤツで、カポエイラ仲間と数週間ヨーロッパを周遊した後、日本で2か月ほど家業を手伝う予定だという。新型コロナの影響もあって、ここ数年、旅行がし辛いという状況が続いていたが、コロナ騒動もようやく『ひと昔前の出来事』という雰囲気になってきた。周囲を見渡しても、マスクを着けている人などむしろ珍しいぐらいだし、公共の場で『ワクチン接種証明』などを求められることも一切なくなった。一体あの『新型コロナウイルス』とはなんだったのかと、狐につままれたような気分にさせられているボクである。
そんなことはともかく。
数年ぶりに世界へと羽ばたくちゃむを快く送り出したボクであったが、こちらとて久しぶりのひとりぼっち生活である。ちゃむ抜きで快活な毎日を過ごせるのだろうか?という不安はやはり大きい。なにせ炊事、洗濯、掃除など、生活に関わる仕事の大部分は彼女に任せきりであったのだから。
とはいえまあ、洗濯に関しては洗濯機という文明の利器があるし、掃除なんかはいっそのことしなければいいわけだから大した問題にはならない。となると、1番の悩みはメシということになる。毎日3食、栄養の行き届いた食事を用意してくれたちゃむ。それだけではなくアイスやケーキ、シュークリームなどのデザート開発にも熱心に取り組んでくれていたため、ボクにとってはまさに楽園のような生活であった。そんな過去の栄光も虚しく、これからしばらくは白米と目玉焼き、それに安物ソーセージをそえてドカ食いするという独身時代のスタイルに逆戻りである。
『だったら自分でうまいメシをこさえればいいじゃないか』
という人もいるかもしらんが、人間には得手不得手という、いかんともしがたい個性が備わっているのであり、ボクのような無精者はインスタントラーメンや冷凍ポテト、もしくはレストランの持ち帰り弁当など、あの手この手でやりくりするしかないのである。
もうひとつ、ちゃむの里帰りで困ることといえば露天仕事の件である。ボクたちしらす商店は、田舎町の青空市場で安物アクセサリーを販売することで生活の糧を得ている。それなりに常連客もつき、売上げも安定しているのだが、たまに活気のある市場に遭遇すると、客が屋台に群がるという現象、すなわち、
『阿鼻叫喚のてんやわんや状態』
になることも珍しくない。それはそれで大変ありがたいことなのだけれど、そういったカオスを乗り切るためには最低でも2人体制で臨むことが推奨されるのである。でなければ忍耐力のない客は去ってしまうし、万引きもされ放題。いいことなど何ひとつないのだ。
というわけで、今さらながらちゃむのありがたみをヒシヒシと感じるボクなのであった。
それでも、
『えいや!』
と、久しぶりにひとりで青空市場に乗り込んでみると、しらす商店を立ち上げた時の思い出がジワリとよみがえってきて懐かしい。
世界一周旅行中にブラジルにたどりつき、資金が底をつきかけたのをきっかけに路上起業を決意。都会の広場にたむろするゴロツキのようなヒッピーたちから手芸を学び、生き残るために必死だったあの頃。不器用ながらもいくつかのマクラメ作品(ミサンガや石包みネックレスなど)を完成させ、ワクワクしながら青空市場デビューを果たしたものの、初日の売上はたったの5レアル(約150円)であった。それでも飛び上がるほど嬉しかったのを覚えているが、続けていくうちに売上も安定し、家賃も余裕で払えるようになった。我ながらよくやってきたと思うが、それもしらす商店で買い物をしてくれるお客さまのおかげである。
ブラジルでの露天商キャリアは13年以上のボクであるから、昔、客として来てくれた子どもが成長し、今では親になっているケースも珍しくない。そういえば少し前にこんなことがあった。
ある田舎町の市場でいつものように安物アクセサリーを販売していると、
『久しぶりだな、ジャパ!オレっちのこと覚えてるか?』
と、明らかにフツーではないと思われる輩に声をかけられた。
何がフツーではないのかというと、まずはその外見である。かた焼きそばのようなヘアーと、まったく似合っていないパチモノサングラスはまだ許せるにしても、ことさら不気味だったのは彼の前歯がごっそりと抜け落ちている点である。それも『レレレのおじさん』のように『明るく正しく』歯抜けしているのであればまだ愛嬌があるが、輩の『ソレ』は明らかにシンナー中毒の症状なのである。
長い年月をかけて少しずつ溶かされていったのであろう輩の前歯群は、根本だけがドロドロの状態で残されているのみで、見るも無残な外見と成り果てているのであった。
そんな状況であるにも関わらず、『超』がつくほどハイテンションな様子の輩は、
『オレだよ、ジャパ!オレだって!』
と、畳みかけるようにプレッシャーをかけてくるのである。
が、はっきりいってこの歯抜け男に見覚えなど1ミリもないのであって、『Ah é?(そうかい?)』などとテキトーに誤魔化しては、ひたすら戸惑うしかないボクである。
しびれを切らした歯抜けは、
『オレは○○○○の町の者だよ!どうだ、これでわかったろ!』
なおも執拗に屈託のない笑顔を押しつけてくるので、いいかげん面倒になったボクは、
『ああ、キミか!久しぶりだな!』
などという、アカデミー賞級の演技を披露する羽目となってしまったのである。それを聞いた歯抜けは満足そうに微笑み、
『オレはさ、アンタのことずっと尊敬してたよ』
と、まるで予想外のことを言った。
『アンタはさ、オレのことを正当に扱ってくれた。乱暴な言葉も遣わず、ひとりの紳士として扱ってくれたんだ』
声を震わせ、感極まった様子で握手まで求めてくるのである。そのような歯抜け男の言動・行動にますます困惑するボクであったが、たしかに○○○○という町ではずっと行商していたし(最近は行ってない)、その時によく来てくれていた客のひとりなのだろう。
『アンタの屋台でよく買い物をしていたのは10年ぐらい前、オレはまだ13歳のガキだった。どうしようもないクソガキでさ。ポリスの世話になることも日常茶飯事。そんなオレにアンタは常に礼儀正しく接してくれたんだ。一生忘れないよ』
と、ボクがまったく覚えていない『ボクとの思い出』を語る彼の目はサングラス越しでもわかるほどキラキラと輝いていた。
(コイツのなかでは本当にいい思い出なんだな)
ボクも嬉しい気持ちになったが、彼が微笑む度に地獄のようなドロドロ前歯が顔をのぞかせるため、顔面を直視することは憚られたのである。
ところで、しらす商店の創業時からのモットーとして、
『どんな客にもリスペクトをもって接客』
というのがある。
それを心がけてきた結果、このようなシンナー中毒の青年にも慕ってもらうことができ、
『やはり俺の歩んできた道はマチガってなかった』
と、心の底から確信するボクなのであった。
ちゃむと離れることによって、自らの原点を顧みる。
そのような機会を得られたことは、誠に僥倖であった。
というわけで、今回はこのへんで!
また再来月にお会いしましょう!!
月刊ピンドラーマ2023年12月号表紙
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