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第4回「ブラジルの従業員雇用環境」 栗御殿への道 田中規子 月刊ピンドラーマ2023年6月号

5月初旬は少しゆっくりしようと小旅行した。数年会ってなかった遠くの友達を訪ねたり、数日海に行ってみたり。海の家ではときどきアコーディオンを練習したり、仕事の合間に海に浸かってみただけだったがそれなりにリフレッシュできた。

思えば12月末にたった一人いた従業員が辞めたことがアチバイア栗園非常事態に突入した要因であった。栗の収穫最盛期に従業員がいないなんて、心の中は涙と怒りでいっぱいだったが、それには気付かないふりをしてがんばった。早朝から夕方まで栗拾い、栗を洗ってサイズ別に選別して袋詰めして、アチバイアの街の輸送業者に21時までに運ぶ。拾いきれなくて捨てざるを得なかった栗もたくさんあったのが悔しい。そういう毎日のなか、ときどき商品を作り、毎土曜日には栗拾いイベントをこなすという、なかなかハードな日々であった。

従業員がなぜ辞めたのかについては次の機会にさておき、今日はブラジルでの従業員雇用環境について少し書いてみる。私の農場で従業員を雇用することになったのは1年ほど前からだった。従業員を雇用する、という状況まで農場が成長したことはうれしかったが、勇気のいる決断だった。というのはブラジルでは労働者が雇用主を訴える労働裁判が非常に多く、訴えられたら必ず負ける、と聞かされていた。例えば農場主Aさん「従業員が病気になった時もすごく面倒をみてきたのに。辞めたら労働裁判に訴えられて賠償金を払うために土地を売りましたわ」。給料は払っていたのに、ずっと不払いだったとか嘘八百を言われるそうな。で、必ず負ける。労働裁判にもちこまれたら最後、どんな証拠があっても雇用主は絶対に負ける、と。ブラジルの労働裁判は非常に労働者有利なのは間違いなく、そこにつけこむ弁護士がいて辞めた労働者をたきつけるそうな。そして成功報酬を何パーセントか弁護士がいただくと。これはいい商売に違いない。

そうおどされていたので考えておく必要があった。そこで便利なのが農村シンジケートである。農村シンジケート(シンジカット・フラウ Sindicato Rural)は、組合員農家の必要に応じた事業をしている。地域によっては、農家間の情報交換だけという組織もあるが、アチバイアの農村シンジケートは従業員の毎月の給料計算だけでなく労働裁判に対応する弁護士もいるし、月々の会計、税金の支払い申告補助や代行もやってくれる。もちろん会費は私にとって安くはないが、弁護士がいる!というのは心強く、うちは負けたことがないと言っている。従業員を雇用する前の健康診断もここでやってくれた。健康診断のため早朝従業員と農村シンジケートの前で待っていたのが遠い昔のようだ。

辞めた従業員の退職金の計算も失業保険の手配も農村シンジケートでやってくれた。彼はまだ失業保険で生活しているだろう。辞める前、何か様子が変わっていうことをきかなくなった、と農家仲間にいうと「あぁ~、それは自分から辞めたら退職金もらえないから辞めさせられるような態度するんだよ」という。一生懸命菓子作りや良いと思うことを教えたつもりなのに本当に残念だった。いまのところ訴えられてないがどんな落とし穴があるのだろうと思うときもある。ただ自分の良心に問い直すのみである。ね?間違ってないよね?と、昼寝中のシャム猫マリ様にお伺いして安心する私である。


田中規子(たなかのりこ)
2005年よりブラジル在住。
2013年よりアチバイア市にていきなり栗栽培をはじめた。
栗の加工品、焼き栗、栗菓子を作り、イベントや配達で販売中。栗拾い体験、タケノコ狩りなども農園で実施中。
Instagram: @sitiodascastanheiras

月刊ピンドラーマ2023年5月号
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