サイダーと打ち上げ花火
子供のころ、夏休みになると弟と2人で新幹線に乗って、おばあちゃんの家へ遊びに行っていた。
駅まで迎えに来てくれたおばあちゃんと一緒に、真夏の太陽が照りつける中を歩いて家にたどり着くと、まずはみんなで三ツ矢サイダーの栓を開ける。おばあちゃんの家とは違い、私の家はキリンレモン派だった。いつもと違うサイダーの味が舌にしみるのを感じながら、ああ今年もおばあちゃんちへ来たんだな、と思った。
おばあちゃんの家には、離れて暮らす父もいた。釣りに市民プールに遊園地ーー今年も去年のように、父とおばあちゃんと一緒に過ごす夏休みの始まりに、コップの中でシュワシュワ揺れるサイダーの泡を見つめながら、私の心も躍るのだった。
古い木造の家の2階の窓から、花火大会がよく見えた。夜になると弟と私は、父の部屋がある2階のお座敷を目指して、階段を駆け上がった。そこへおばあちゃんが、ビールと枝豆を載せたお盆を持ってゆっくりと上がってくる。弟と私は、ビールの代わりにサイダーだ。
サイダーを飲み枝豆を食べながら、お座敷で見る花火は特等席もいいところ。父と弟と私は寝そべったりあぐらをかいたりしながら、次々と打ち上げられる大輪の花火を観賞。おばあちゃんはクーラーのない部屋の畳にぺたんと座りながら、私たちに向かってぱたぱたとうちわを仰ぎかけたりしてくれている。そんな楽しい夏の夜。
サイダーをあまり飲まなくなったのはいつからだろう。学年が進むとともに、夏休みにおばあちゃんちへ泊まる日数が20日間から10日間になり、1週間になり、高校生になるころには、行かない年もあったように思う。
大きくなるほど、祖母や父との関係も子供のころのようなべったりした甘いものではなくなってしまい、それとともに、サイダーの甘い味の記憶も薄れていった。
やがて私は大人になり、結婚をして、おばあちゃんの家からさらに離れたところへ引っ越した。おばあちゃんも父も、今はもういない。
ある夏、夫と一緒に花火大会を見に行くことになった。私はお昼からはりきって枝豆を茹で、保冷バッグにサイダーの缶を入れた。ふだんはコーヒーばかりで炭酸飲料なんてほとんど飲まない私のこの行動を、夫は不思議そうにながめていた。
「花火と言えば、サイダーに枝豆でしょ!」
と言う私に、夫はぽかんとしていた。
地面にレジャーシートを敷いて、私は久しぶりにサイダーを飲み枝豆を食べながら、ビール片手の夫と一緒に花火大会を楽しんだ。大人になっても、ときには味わうべきなんだ。サイダーの甘さを。
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