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ビジネスインフルエンサー成功のきっかけを考察 西野亮廣編

西野亮廣が成功した要因は、「自分だけのプロダクトを作ったこと。」「ドブ板営業」をやったこと。

はじめに

こんにちわ。ぴくむんです。

私は、
小さい頃から実生活で役に立たない学問ばかり教えられる。
「現代社会でダイレクトに役に立つ学問がない」
研究は、勉強の醍醐味であるのに大多数の人がやっていない。
「大多数の人は研究をする機会がない」

ことに対して疑問を覚えていました。そこで、

国なんてあてにせずに
自分の力で「実生活に直接役に立つ学問の確立」することや、
大学に行かなくても「誰でも研究できる環境の整備」する活動を始めようと思いました。

この記事では、「実生活に直接役に立つ学問」にビジネスという章を作ろうとしています。まず初めに、
ビジネスインフルエンサー界の大物、西野亮廣についてどうやって彼は今の地位にいるのかについて、経歴を追うことによって考察してみました。
誰かの役に立てたら幸いです。

敬称略であります。ご容赦ください。

本文

近年SNSの発達により、よくわからない謎のお金持ちがどうやってその地位を確立できたかについて、調べられるようになった。

今回は、その中でも調べやすく、道筋が見えやすかった西野亮廣、中田敦彦、青汁王子の三人がどうやってビジネスを成功させていったのかについて解説し、そこから学べることを整理していこうと思う。

西野亮廣編

代表的ビジネス系インフルエンサー。彼が最も成功しているビジネス系インフルエンサーと言っていいだろう。特筆するべきは彼のオンラインサロンの会員数であり、5.8万人が参加しており、この人数は日本最大級である。したがって、彼はどのインフルエンサーよりも、圧倒的人財を持っている。
いろんな意味で物議を醸し出した「プペル」は、海外まで配給され、2022年現在は、歌舞伎に手を出しており、街づくりを始めている。

そんな彼が、どうやって今の地位に繋がる行動をしてきたのか。
経歴を追って説明してく。

彼は世に出た当初、芸人界で圧倒的エリートコースに乗っていた。

今では勢いがないフジテレビだが、一昔前は数々の超人気番組を排出するイケイケのテレビ局だった。ドリフ、とんねるず、あいのり、スマスマ、いいとも、めちゃイケなど誰しもが憧れる番組を持っており、誰しもがフジテレビで番組を持ちたいと思っていた。
その中で、始まったのが西野亮廣(キングコング)が参加する「はねるの扉」である。若手でこの番組に出るということは、芸人の中では憧れ中の憧れになる。

この番組も例の如く売れ、ゴールデン進出まではしたが、西野亮廣はこう語っている。

「絶望でした。こんなに下駄を履かせていただいているのに、タモさんやダウンタウンを追い抜ける気がしない。人生でここまでうまくいっているのに、スターになれないのがショックでした。」(要約)

https://logmi.jp/business/articles/130085

そこで、彼はいいとも繋がりでプライベートで親交のあったタモリからアドバイスを受ける。

「絵を書いたら?」

タモリが西野に送ったアドバイス

っと。

彼は芸人活動を続けながら絵を描き続けた。
絵本を出版したが、ちょっと売れなかった。
また絵本を出版したが、そこそこしか売れなかった。

普通の人でであれば、ここで終わる。
「頑張って作ったけど、難しいんだなぁ。やっぱ本業がんばるしかねぇか。」
っと思うだろう。

しかし、彼は違ったのだ。彼は、「ドブ板営業」を始めた。

ドブ板営業とは、
エリアを決めてアポなしでひたすら飛び込む営業手法

https://omake.senapon.jp/4207

彼は「ドブ板営業」として、何をしたか。
答えは、ポスティングである。

芸能人という身分にかかわらず、
自分でビラを作り、自分の手でひたすらポストにビラを入れ続けた。

この最中に彼の意識が変わったと思われる。

のちに、彼は、
「ビジネスってどうすればいいですか?」
という質問に対して
「どぶ板営業をやれ。一生懸命やれ。泥臭くやれ。」
と言っている。

しかし、これでも絵本が売れないことに苦しんだ。

彼はそこで閃く。
絵本をお土産として売ったらどうだと。

絵の本をお土産で売る。

そうだ、個展をやろう。
個展をやって、絵を見せれば、絵が欲しくなった人は絵本をお土産に買っていく。

彼は絵が描けるので、個展をするのは変な話ではない。
場所を借りて、自分の絵を飾って、入り口でチケットを売るだけなので、別にそこまで難易度が高い商業ではないだろう。

彼は、個展を始め、絵本をお土産に売り始めた。
これがハマった。

その後、
彼は当時のよしもとのマネジャーに、
「クラウドファンディング(以下、クラファン)」
というのを教えてもらった。

今では、なんともないクラファンであるが、当時の彼へのバッシングが凄かった。当時を思い出して彼は、「詐欺師、宗教だ。」っと散々叩かれたと今でも根に持っている。

彼は「アメリカで個展をやりたい。」という夢があった。
これは別にビジネス関係なく、ただやりたい、ただ目立ったことをしたいという純粋な思いだろう。

しかし、当時のクラファンは怪しいという評判だったので、思ったより集まらなかった。

普通なら諦めるところ、彼は違う。
お得意の「どぶ板営業」を始めたのである。

ツイッターで一人一人にDMで
「西野亮廣です。クラファンやっているので、協力してください。」
とやったのだ。

もちろん暴言吐かれたり、ブロックされたりもしたそうである。

それでも彼はどぶ板営業をやめない。

彼は自分が芸能人だとかいう奢りは一切ない。
「自分の作品を読んでほしい。自分のやりたいことをやりたい。スターになりたい。みんなで面白いことをしたい。」
という一心が彼を突き動かす。

彼の思いが人々を動かし、そのクラファンは達成され、アメリカで個展を開くことに成功する。

彼の頭にこの考えが刻み込まれる。
「やりたいことがあるなら、それを掲げて、どぶ板営業すればいい。そうすれば、僕のやりたいことは全て叶う。」

彼はそこから動き始める。
「応援してくれる人の前に立とう。自分の自分による自分のための講演会をしよう。」

普通であれば、講演会というのは様々な人が参加し、いろんな人が宣伝し、成立する。そして、講演する人は、ギャラだけ貰うというのが一般的である。

しかし、彼は一般の人の考えとは違う。全部自分でやろう。

なにをしたか。
チケットの手売りである。

Twitterを使って、クラファンの時のように直接連絡を取り合って、チケットを直接売りつける。これを2000人に売りつけた。
そして、独演会は成功した。

味をしめた彼は、止まることを知らない。

「こんなに人が集まってくれるなら、自分のやりたいことを応援してくれるサークルを作ろう。アンチもいるから、誰でも簡単に入れるわけには行かない。そうか、有料化しよう。有料サークルを作ろう。」
これが今のオンラインサロンである。

これで彼は、圧倒的な人材を得ることができた。
その人材を使って、絵本を作った。
それが「プペル」である。

あとは、語るまでもなく、同じ流れである。
少し違うのは、どぶ板営業をするのが自分だけではなく、サロンメンバーもするようになった。それは賛否がある行為ではあるが、別に違法行為ではない。

そして、その繰り返した先に、今の西野亮廣がいる。


分析

今の彼の地位は
知名度 × スターになりたい × 自分だけのプロダクト × 「ドブ板営業」 で成立している。

知名度がある人間は、日本でいっぱいいる。
彼は芸能人活動のなかで、一番になれないことに絶望し、タモリに相談した。

絵をかけというアドバイス。つまりタモリは西野に自分だけのプロダクトを作れとアドバイスした。

そして、彼は自分で書いた絵というプロダクトを作った。
ここまでは、できる人間は割といる。

彼が他者と圧倒的に違ったのは、「ドブ板営業」である。

芸能人が、自分の製品を売るためにポスティングしているところを見たところがあるだろうか。DMで買ってくださいって送っているところを見たところがあるだろうか。

これが全てだと私は思う。
彼はドブ板営業している内に、意識が強烈に変わったと考察する。
自分が何をすれば効果的に届けられるか、自分が何をすれば人の心を掴めるのか。

そんな「自分が何をすれば」マインドに切り替わったのだと私は思う。
もし、個人で新たにビジネスを始めたければこのマインドを忘れてはいけないだろう。

誰も代わりに自分の商品を売ってくれる人間なんていないのだ。

自信が持てるプロダクトを作り、一人一人に丁寧に説明して、自分の思いを知ってもらう。そんな地道で面白くもなんともない積み重ねこそが今の西野亮廣を作ったのだと思う。

西野亮廣編まとめ

「自分だけのプロダクト」を作ること。
「ドブ板営業」すること。

こんな面白くもなんともないが、これがビジネスの原点であると私は思う。

参考動画文献

あとがき

西野亮廣編があまりにも長くなったので、中田敦彦編、青汁王子編は次回に回そうと思います。

個人でビジネスを始めるのは、何から手をつけていいのか分からなくなるものですが、何度もいいますが基本は、「自分だけのプロダクト」を作って、それを「営業」することだと思います。

その「自分だけのプロダクト」を作るにあたって、得意なことを生かしたりして、いかに魂の籠もった、有用な、面白いプロダクトを作れるかが鍵になると思います。

そして、そのプロダクトができたら
自分が持っているキャラクターやキャリアを生かして「営業」するのだと思います。もちろん、恥ずかしいし、断られるのはとっても辛いと思います。僕もそうです。しかし、この営業をしない限り、売れる以前の問題である誰も知らないで終わってしまいます。

それを全部一人でするのが難しいから、会社というものが存在するのだと改めて思いました。

ちなみに、自分は
「自分だけのプロダクト」として、オリジナルの実学の教科書
「営業」としては、そのオリジナルの実学の教科書の制作過程をnoteで見てもらう。
ということを考えております。

一体何年かかるのか、果たしてたどり着けるのかはわかりません(笑)。
いつか、恥をかきながら「ドブ板営業」する日がくると思います。
その時は、温かい目で見てやってください。

あ、ちなみに自分はサロンメンバーではありません。

次回は、中田敦彦編をお送りしたいと思います。

↓マガジンにしてまとめたものはこちら

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冒頭繰り返しになりますが、もう一度言わせてください。

私は視野の広さと興味を持てる範囲、そこから物事を考える力、素直に相手の声を受け止める力は誰にも負けません。
なので、もしよろしければ、こんな私を推してください。
推してくれたあかつきには必ず歴代史上最高に役に立つ学問を作ってみせます。

わざわざ、こんな小難しい長い弱小記事をちゃんと最後まで読んでくれるそんな貴方が大好きです。本当に感謝しています。
フォローしてくれると嬉しいです。
ありがとうございました。

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