ワクワクの先に
高校2年生の頃、今まではごく普通の風景だった。部活帰りの電車の中での1コマが急に白黒の世界に変わった。
眺めていた英単語帳をそっと閉じて、もう一度電車の中を眺めてみる。おかしい。深呼吸してみよう。
一旦、目を閉じ息を深く吸う、そしてゆっくり吐く。ゆっくり目を開ける。
色は戻ってきた。安心した。でも、何かがおかしい。そこでふと気づいた。大人たちに生気がないんだ。みんな、幽霊みたいに携帯とにらめっこしているか下を向いている。心がここにないのか、会社で失敗でもしたのかな。俺も部活で失敗した日は落ち込むしな。でも、毎日失敗しているわけではない。上手くいった日はニコニコしている。
どうして、みんながみんな元気がないんだろ。いや、元気がないわけではないんだ。きっと楽しくないんだ。自宅と職場の往復、職場でも毎日変化のない日々。あぁ、つまらないんだ。日本で働くと、こんな大人になるのか。いやだな。
こんな大人になるくらいだったら、日本の外、海外で働いてやる。そんなことをぼんやりと思って窓から真っ暗でよく見えないはずの田舎の田んぼを眺めた。
⚠︎この後からが本題になります。
ここまでは、働いている大人たちが「かっこ悪い」と無知な高校生の私が思ったことです。今では、社会で働くことの難しさや想像以上の見えないストレスがあることも分かるようになったし、オンとオフの大切さも学んだ。それでも、あの時見たオフの状態の大人たちの姿はあんまりだと思う。一生忘れない。。。
そんな大人たちでも子どもの頃は、ヒーローに憧れていたはず。今も昔も将来の夢として本気でヒーローになると思い描いていた子どもは少なくないはず。なぜか?理由は簡単だ。かっこよかったからだ。ものすごく単純だ。
かっこいいい=なりたい職業の上位
Youtuberなんてその典型的な例だと思う。数年前までは、Youtuberなんてと馬鹿にされていたのに今では立派な職業の1つになっている。職業は多様化している。では、教育は多様化しているのか?
最近では、ICT教育やアクティブラーニング、STEAM教育、Edtechなど様々な新しい教育方法が出てきています。さらに、ミネルバ大学は4年間オンラインで世界の都市を転々としながら講義を受ける最先端な大学の1つです。日本でも、N高等学院や俳優の伊勢谷友介さんが設立したLoochs高等学院など様々な形に捉われない新しい教育が出てきています。
共通項は何か?
社会との繋がりを感じれること
だと個人的に思います。Loochsでは各分野の専門家が先生であったり、ミネルバ大学も様々な企業や団体の中に入って学習することができます。日本の一般的な高等学校(工業や商業などの専門性のある学校の一部は除く)では経験することのないカリキュラムだと思います。
そもそも、大学の4年間は社会に出る前に専門的な学びを深めて、社会に出たら即戦力として働く人材を育成する場であったはず。というかそうでなければならないと思う。だから、学部学科が細分化されているのだと思う。大学は、将来を見据えて専門性を高める場。
ということは、その大学という高等教育を受ける前の中等教育である中学、高校の段階である程度社会のことを知って、自分のワクワクすることをある程度絞っていく必要がある。と私は思ってたりする。
勉強は勿論大事なんだけど、なんで勉強するのかってい言われたら大人たちはどう答えるのかな?私だったら
勉強すること=情報を上手く使いこなす訓練
と答えます。国語なら、文章から適切な表現を抜き出しなさいや文章中にある表現を使い答えを完成させなさい等だし、数学や物理などは、いくつかの数や記号を組み合わせて計算して適切な答えを求めることを練習する。これは、働いていても同じでプレゼンで、話す内容を考える時も要点をプレゼンの中から抜き出して伝えたり、適切な資料を組み合わせて効果的なものにしたりする。(例がインパクト弱いけどいいや)要は、様々な情報を使いこなす術を学ぶのが勉強することの意味の1つでもあると思う。知識量が多いことに勝るものはないけどね。
少し話はずれたけれど、伝えたいのは中学や高校でもっと社会の課題や世の中のことを自ら気づき、探求し、学び、打開策を見つけるといった自発的学習や子どもたちのワクワクを刺激する学校や場がどれほどあるのかな。最悪、学校でなくても地域として子どもたちを育てる場が増えたら少しは未来に繋がるはず。
いや、繋げる
いっそのこと作ろうかなぁ~
ワクワクする未来
ということでカエルの合唱が聞こえる田舎からでした~