ep6. 強風グループツアー | サントリーニ島の冒険
ドライバーの優しいニコの声は、一番後ろの席だからかあまり聞こえず。残念ながら聞きとれないことも多かったが、体感30秒に一度の速度でジョークを飛ばす強者だった。ガイドを始めて3年経つという彼はきっとこの仕事が好きなんだろうなと思わせる何かがあった。
ほぼ考えなしにこのグループツアーに参加し、行き先がよく掴めていない私だったが。アイディアとしては、ぐるっと島をまわり、地形や位置関係が少しでも把握できれば、仮に悪天候でミロス島行きが完全に絶たれた場合、サントリーニ島でどこ過ごしたいか考えやすくなると思ったのだ。
改めてツアーのチラシで行き先を確認すると、サンセット鑑賞の場所は、あの有名な北西の街Oia(イア)ではないか。島の南西端の灯台にも立ち寄るので、南から北までほぼ島一周である。最初の目的地(Profitis Ilias Monastery)まで、イタリアのアマルフィを思い出すような崖をのぼりつめるドライブをして、ヴァンはとまった。島を一望できる山の頂上。標高567メートルで、この島では一番高い場所のようだ。
予報どおりとにかく風が強い。実写版スーパーサイヤ人のような髪型のメンバーで立ち話をしていると、ニコが明日の風はもっとひどくなるという。再びフェリーが動かないのではとの思いが頭をよぎるも、今はその心配よりこの時間を楽しもう。続いてはPyrgosのワインハウスへ。中へ入るとワインの香りが素晴らしく、甘い葡萄のヴィンヤードへ来たかのようなフレッシュな香りに包まれた。
今ワインを飲んだなら。寝落ちして起きたらサンセットが終わっていた、なんてことはさすがにないだろうが、昨晩ほとんど寝ていない私はやめておく。サントリーニ滞在中に、夕食とともに現地のワインを飲めたらと思う。普段は飲まない私だが、現地ワインはイタリアのポンペイで学んだ旅の楽しみ方の一つ。その土地のものはその土地で味わうが美味しく、その土地で育ったものをいただくと、体の内側からその地に馴染める気がするのだ。
続いてはAkrotiriの灯台へ。ヴァンを降りる前にニコが「ここでの滞在時間は15分で、灯台までは片道2キロある」と言う。往復4キロに15分だけとは私たちを置いていくつもりかと、ツアーグループ一同固まるが、これまた彼のジョークであった。そう、グループツアーは置いていかれるのが怖い。記憶の中にある英語で初めて参加したグループツアーでは、毎回正しく集合時間を聞き取れたか心配で、バスを降りる前に必ず再確認したものだ。
実は灯台はa stone's throw(目と鼻の先)で、15分あれば余裕で往復できる距離だった。目下は崖。特に柵もないので、落ちない程度に海へ近づき、大きめの岩の上に座って青を眺める。なだらかに弧を描く水平線と重力を感じる海の表面。地中海へくるとこの星の球体を感じずにはいられないのだ。
ヴァンへ戻る途中、ゆっくり歩いていたツアーメンバーの女性がチラチラとこちらを振り返る。次第に一緒に歩き出した私たちは自己紹介をする。こういう時の説明の仕方をつい迷ってしまうのだが、まずは見た目的にわかりやすいかと思い、フロムジャパンだと言うと、彼女は「え?」という顔をするので「今はロンドンに住んでいる」と付け足すと「やっぱり。なんでブリティッシュアクセントなのかと思ったよ」と言われる。
英語のネイティブスピーカーはちょっとしたアクセントの違いが聞き取れるらしい。曲がりなりにも自分の英語が育った土地のアクセントが反映されているわけで、英語という第二言語の母国は私にとってイギリスなのだと思う。以前会話した人から、ロンドンアクセントがあるねと言われたこともある。なぜか見破られたような気持ちになりドキッとしたが、思えば彼はシャーロックホームズの家系だったのかもしれない。一方目の前の彼女はバリバリのアメリカンイングリッシュだ。明るく声のとおる女性で、この日一日、ヴァンへ戻るたびにドライバーのニコを見つけては何か一言ジョークを飛ばす茶目っけの多い人だった。
続いて向かったのはレッドビーチ。ここは鉄の含有量が多いため岩肌が赤いという。ビーチらしきものは見当たらないが、ヴァイオリンが鳴る方向に歩いて、坂を越える。すると目線のさらに先にビーチが見えてくるではないか。少しだけど泳いでる人もいる。この旅のテーマが海辺で過ごす時間だった私は、ものすごく心ひかれた。しかしここでの滞在時間は20分。ビーチまでの道のりはやや起伏が多めで、往復する時間はないだろう。
後ろ髪をひかれる思いでヴァンまで引き返すと、ニコがまだ一人戻ってきていないという。全員車内で待機していると、先ほどのアメリカン女性がゆったり歩いて戻ってくるのが見える。ニコと談笑しがらヴァンに乗り込むその女性は「え?誰もビーチに行かなかったの?」と驚いていた。おぉー私も行けばよかった!と後悔。ちょっとくらい集合時間に遅れても、これくらいあっけらかんとしていると、こちらもまぁいっかとなるものだ。そういえばニュージーランドで参加したバスツアーでも、日本人の女性が集合時間に遅れて戻ってきたけど、アイスクリーム片手に「ソーリーソーリー!」と必死で走って戻ってきたので、おかしくて皆で笑って、そうかこれでいいのかと思ったことがあったっけ。
次はPerissaへ。こちらは別名ブラックサンドビーチと呼ばれ、その名のとおり砂浜の黒が映える美しいビーチである。ランチも兼ねて2時間のフリータイムを得た。念願のビーチだ。お腹がペコペコでは楽しめないので、まずは数軒のレストランを物色。先ほどの女性がメニューを見ていたので、横から私も覗き込むと「一緒に食べない?」と誘ってくれた。二人テーブルにつき、彼女が頼んだビールとピザが来て、少し分けてもらった。先にアテネを訪れていた彼女は、すでにギリシャ料理に詳しく、パイ生地にチーズと蜂蜜が入った料理を勧めてくれたので、私はそれをオーダーする。スターターと思われる軽めの料理であった。
彼女の名前はマリア。旅好きで昔ヨーロッパ中を歩いたバックパッカーだが、ギリシャは来たことがなく今回旅先に選んだとのこと。食後ビーチへ向かうと、マリアが裸足になって砂浜を歩きだす。強風で波が高く、泳いでる人はいなかったが、ショートパンツをまくり上げぎりぎりまで水に浸かる彼女。ロングデニムの私も海へ入り、約束通り濡れていく。もうこうなるとどうでもいいわけで、その後は岩の上を歩いてみたり、波を蹴るようにビーチを横に走ったり。楽しかった。「You really like the beach, then」と私のはしゃぎ様にマリアがニヤリとする。
ほとんど人のいないビーチ。二人パラソルの下、ビーチチェアに横たわり濡れた足とデニムを乾かす。目を閉じると、ゾーっという音とともに、波と風が一体になって駆け抜ける音がして、波にのまれそうでぞくっとした。デニムは乾かなかったが与えられた2時間は経過し、マリアとヴァンへ戻る。今日限りだったとしても、この時を共に過ごす人がいる。恐らくヴァンに置いていかれる心配ももういらない。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
図書館が閉まっていたため、本を返そうとポストに入れて思いきり挟んでしまった指がジンジンしている土曜日の朝です。
「サントリーニ島の冒険」は、100ページを超える手書きの旅誌をもとに、こちらnoteで週更新をめざしています。
フェリーがキャンセルされ、奔走する一つ前の記事はこちらです。
これまでの記事はこちらに綴っています。お時間があればぜひ訪れていただけますと嬉しいです。