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【感情紀行記】現在地

 「記憶にございません」において、脳内のホワイトアウトについて記したが、思い出せば、現実世界でのホワイトアウトの経験もある。

 ニュージーランドでの留学中、冬にスキーをすることになり、学校の留学生でスキーへと赴いた。自分はスキーの経験が多少あり、最高難易度のコースも苦労することなく楽しく滑れていた。そのスキー場は、とても高い位置にあり、山の上の山を滑り降りるようなものであった。とにかく絶景と楽しさに感動していた。時間も過ぎ、最後の一回というときに、最高難易度のコースに行き、頂からの絶景を眺めて帰ることにした。しかし、長いリフトの途中で辺り一体が真っ白になってしまったのだ。諦めて帰った初心者の友人もいたが、諦めきれず、滑り出した。滑り出して数十秒後には、完全にホワイトアウトした。前の人を必死に追いかけるも、その人たちすら見えなくなった。異国の地の高所においてスキー道具を身につけたままホワイトアウトしたのだ。あたりには人がいるのかいないのかもわからない。完全な孤独だ。自分が進んでいるのか、止まっているのか、降っているのか横に進んでいるのかすらわからないのである。よく軍用機墜落のニュースである空間識失調に近いものがあるのではないかと思う。日常に例えれば、隣の電車が動き出しただけなのに、自分の電車が動き出したかのように錯覚するようなものだ。

 必死に足をハの字にし、ゆっくりと白面を進む。近距離に現れたカップルを必死に止めた。一緒に進んでもらうようにお願いし、快諾してもらった。認識できるのは遠くに聞こえるリフトの雑音と、うっすらと浮かぶカップルの黒いグラスだけである。自分たちの進む道が正しいのかもわからないまま、崖に落ちるリスクを抱えながら、死を覚悟して進む。数分後に、リフトの音が大きくなってきた。気付かぬうちに山を下り切っていたのだ。カップルたちと共に抱き合い、写真を撮った。生還した喜びと、安堵の気持ちは、数分前に出会った三人を長年の戦友とも思えるほどに結束させた。ここまで恐怖と死を感じたことは人生の中でも数少ないが、ここまでスキーをした感じのしないスキーも初めてであった。

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