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『タイポグラフィ60の視点と思考』刊行記念インタビュー集 第4回:高橋善丸さん(前編)
デザイナー歴50年という長いキャリアを持ち、ブランディングから書籍デザインまで手掛ける株式会社広告丸代表の高橋善丸さん。ご自身のデザインのスタイルをはじめ、日本タイポグラフィ協会理事長という視線から『タイポグラフィ60 の視点と思考』の総括についてお聞きしました。今回はその前編です。(取材日:2024年10月31日)
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(プロフィール)
株式会社広告丸主宰、大阪芸術大学学科長教授。中国国立寧波大学客座教授。日本タイポグラフィ協会理事長。ブランディングからブックデザインまで、タイポグラフィを主軸としながら湿度ある視覚コミュニケーション表現を探究。ニューヨークADC銀賞他受賞多数。『ここちいい文字』『ここちいい本』パイ インターナショナル刊 他著書多数。
広告からブランディング、そして本の仕事へ
___はじめに、仕事の内容やスタイルを教えてください。
独立して「広告丸」を立ち上げてから40年を超えました。独立した当時は、屋号の通り広告を中心に手がけていました。規模の大きい広告は代理店と一緒に制作していました。バブル時代に入ってVI、CIブームになり、広告とCIやブランディングの割合が半々くらいになりました。50才頃から大学の教育者として並行して仕事をするようになり、時間に制約があるので緊急性のある仕事にはなかなか対応できなくなりました。それで書籍のような期間が長く、ある程度自分の動きに合わせながら進められる仕事に切り替えていきました。
若い頃は「本は地味で面倒くさいもの」と思っていて、逆に広告やCIは社会に与える影響が大きく時代にも反応するので、そちらの仕事に集中していました。ところが実際に本の仕事を始めてみると意識が変わりました。本は自分の世界観にじっくりと時間をかけて作り込んでいけます。見る側も、広告やWebのように見流しで使い捨てではなく、手元においてゆっくり見返すことができます。そう考えると、発信者と受信者の距離が近いのが本で、発信者は自分の思い入れを本に反映することができます。広告やWebは機能性とスピードが優先されるので、じっくり見ることを要求していません。本の仕事をやればやるほど面白くなっていきました。
一般的に、本はいろいろスタッフが関わって作り上げていきますが、僕はだんだん自己が強くなっていき、自分で企画や撮影、執筆やデザインをして、自己完結するようになりました。一つの彫刻作品を作るように自分の世界でものづくりができるのも、本ならではです。
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___高橋さんの世界観にはどのような特徴がありますか?
最初は日本文化に惹かれていました。今は文字にこだわって作ることが多いです。ただ「本文の書体を作る」ようなある意味マニアックな世界ではなく、文字のオリジナル性によるイメージ表現です。
___『タイポグラフィ60の視点と思考』の装幀は高橋さんのこれまでの作品とは少し違うようです。
今回意識したのは、皆さんと一緒に作る本だということです。自分の個性を出したらまずいと思いました。個性を抑えて、皆さんとの共通性を作るようにしました。
櫛メーカーの「善丸コレクション」
___最近手掛けられたもので印象深かったお仕事を教えてください。
近年で印象に残っているのは、中国の櫛メーカーからプロダクトデザインを頼まれた「善丸コレクション」の仕事です。日本では櫛の有名ブランドはあまりありませんが、こちらは香港の有名なアートディレクターのトミー・リー氏から声をかけられた、中国全土に1,400店舗もある「譚木匠」という櫛のブランドで、僕はデザインを担当しました。プレゼンシートは中国語で作りました。僕の名入りのブランドにしてくれて、ロゴも作りました。
これは形状が面白くて、櫛が2枚合わさるとハートになるギフト用の櫛です。中国ではギフトに櫛を使うことが多く、ギフト用櫛セットも数万円します。
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こちらはりんごの形の作品です。中国で若い人はクリスマスに赤いりんごなどをプレゼントする風習があるそうです。以前からその話を聞いていました。恋人にプレゼントして、お互い1枚ずつ持っていて二人で会ったときだけ一体のりんごになります。こちらは、櫛の歯どうしが組み重なって、2枚合わせるとリンゴの形になります。
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___普段あまり携わることがないプロダクトの仕事で苦労したことはありましたか?
素材選びから大変でした。木が数十種類もあってその中から「どの木がいいか?」と、どんどん聞かれます。見本帳がたくさん並んでいるのですが、どの木が良いのかこちらはよく分かりません。知らないことが沢山ありましたが、先方も勉強になったと言ってくれました。試作品が上がって僕がチェックを入れて返したら、中国での検査基準とはレベルが全然違っていたのです。「日本人はここまで厳しいのか、ここまでこだわるのか」と社員の技術力アップに繋がって良かったと言ってくれました。
例えば、ハートを2つ合わせても形が若干歪んでいたり、真ん中に隙間ができてしまっていたのですべて修正してもらいました。生木の状態で重なっても、漆を塗ると厚みが出てうまく重ならないことを全部逆計算して作っていく必要があることを理解してもらいました。
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印象的だったのは、この企業の従業員約800人の40%以上が障がいのある方なのです。日本の企業の場合、障がいのある方の雇用の義務化はたった2%です。社長と何度か話す機会があり、「障がいのある方がかわいそうだから雇っているわけではない。障がいのある方でも人並み以上に仕事はできるという誇りを持ってもらうために雇っている。だから何のリスクもない」と話してくれました。社員は必ず週に1回は障がいのある方の施設でボランティアをすることが義務付けられています。あとは、櫛は木を原料にするので、毎年必ず一人1本木を植えることも義務付けられています。社長の人間性や、社会への参加意識がよく考えられて大きくなった会社だという印象です。商売本位で大きくなった会社ではないところにも感銘を受けました。
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___日本との違いで特徴的なことはありますか?
中国も時代と共に大きく変わってきています。昔は「金銭感覚が……」「ビジネスマナーが……」など心配事がありましたが、経済発展を遂げると同時に、すごい速さで改善していると思います。むしろ、今は日本より仕事に対して繊細になってきています。例えば、発注の時点や契約が成立した時点で謝礼を全額払ってくれます。先にお金を支払うようなマナーが非常によくなってきています。だらしないことにならないように、契約書をきっちり交わしたり、権利の確認がかなり厳しくなってきています。
新たな発想のヒントは地域性や文化の違いから
___デザインのインスピレーションは、どこから得ることが多いですか?
一概に言えませんが、僕は昔から文化的なことを意識しています。若い頃は京都の会社に所属して、京都の伝統工芸や狂言、歌舞伎に関わる仕事をしてきました。そのような世界にいるとそういった仕事しかできないので、会社を辞めて大阪に来ました。もっと国際的な感覚で仕事をしたいと考えました。でも、根底にはDNAのように染みついたものがあって、仕事にも影響します。それと、中国や韓国へ行って仕事することが多いのですが、地域性や文化の違いが面白く、興味が湧いてくるので、そのようなところからデザインの発想が生まれてくることが多いです。
日本文化も、型通りのものにこだわる必要は全然ありませんが、逆に型通りの文化を全部払拭したときに残る日本のDNAは何なのか?といったことを考えたり、分析したりしながらやっています。なので具象物は一切使いません。昔は浮世絵や伝統パターンなど、誰が見ても日本とわかるものを使いましたが、今は一切使わないことを自分に課しています。文化と言っても、世界遺産や美術品など形骸化されたものにはあまり興味がなく、生活の中ににじみ出ている国民性の良さや違いといったところです。
___具体的にどういうところでしょうか?
例えば、曖昧さが多い喋り方や、はっきりものを言わないで相手に「みなまで言わすな」など、間接的な表現やコミュニケーションの取り方をデザインに反映させることです。パッと見てわからせるのではなくて、相手に想像させてわからせる表現方法を意識しています。直接的な表現より、相手の脳に映像を浮かばせる間接的表現の方がより深いコミュニケーションが取れます。
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共存できる本の在り方を模索
___今後、チャレンジしたい仕事があれば、教えてください。
ニューメディアを追いかけたり、新しいアプリを追いかけたりするのは、そろそろ若い方に道を譲りたいです。僕は本の仕事が好きなので、もう斜陽になってきてはいますが、本は不滅で半永久的に残るメディアだと思っています。あらゆるメディアの寿命は長くて20年、短ければ10年ですが、本だけは紀元前から続くスタイルなので、時代を超えて記録と再生が可能な一番信頼できるメディアだと思っています。
今後は、共存できる本の在り方が重要だと思います。今までは「情報を提供する本」でしたが、それだけではないことがこれからの本の生き残る道だと思います。
___何かイメージされているものがあるのでしょうか?
「モノが発する感覚的な発信」で、読んだり見たりだけではなく、手に取って持って感じる本です。モニターで見ることとは決定的に違う伝え方でしょうか。
___これからデザイナーを目指す若い世代にアドバイスをお願いします。
最近よく言われることで、今の若い方はインプットが一本化されている気がします。インプットの間口が狭い分、影響力自体は大きいですが、何が一番足りないかというと「多視点」だと思います。入り口は自分が選んでいるメディアだけで、限られたものだけではその中の考え方しかできないため判断力が鈍ります。そのメディアが言っていることが正しいという判断しかできないので自分で判断ができません。そうすると永遠に誰かから与えられた価値観の中でしか生きていけなくなってしまいます。もう少し自分で物事を判断するための視点を持つ必要があると思っています。そのためには「複合的視点で見る」「複合的メディアに触れる」ということが必要で、それをしないと永遠に振り回されるだけになってしまいます。実際に学生を見ていてそのように思います。
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___大学で20年間仕事をされていて、学生に変化はありますか?
指示待ちの受け身姿勢が強くなってきたことと、興味の幅が狭くなってきています。こちらからチャンスを与えても、よほど自分の興味にあったものしか響きません。逆に、一度自分の興味の対象に入ったテーマに対しては、かなり深いところまでとことん追求する姿勢は、以前より強くあるかもしれません。もちろん人によりますが、自分の興味のあるものしか食指が動かず、共感幅が狭くなっている気がします。そういう人にこそ『タイポグラフィ60の視点と思考』を手に取って欲しいです。
(後編に続く)