街の選曲家#Z1Z1ZZ
やるべきことは確実に存在し、実際のところ逃げ出したい。道を外れたい。その中で立ち止まれば、時間は止まり、そこから開放される。だげどなにかを失ってしまう。またそこ戻ることはできても、人間の習性として楽な方に流れてしまう、そうすれば逃げ出すのが常套となり、楽になるかと思えば別の苦しさだ。
やるべきことを続けられれば生み出した先には光に包まれる楽園がやってくるが、また歩みは始まり続いてゆく。疲れたのなら立ち止まれよ、という音も聞こえてきそうだが、生命に影響があるほどは疲れていない。要するに怠惰なのだ。
そんなときにも音楽を聞いている。最近ではどういった聞きかたとかはない。でも音楽を聞くだけでなにかの歯車が動き出し、時間の中で何かが足りない場合でも、その曲、歌詞、演奏を聞くと答えに近づける力になる。曲で弾けさせ歌詞で励まし答えのヒントをくれる。演奏を聞いていれば体の筋肉は震え、歌唱でエナジーを注入してくれる。そう思うと私はやっぱり音楽と共にいる。
波 - アントニオカルロスジョビン
アントニオカルロスジョビンというボサノヴァの巨大アイコンを思えば、どうしてももう一人の巨大アイコンであるジョアンジルベルトという存在の曲にたどり着いてしまう。彼らがボサノヴァを作ったといってもいいというくらいの存在で、アントニオカルロスジョビンの曲を聞こうすると、自然にジョアンジルベルトさんの楽曲になってしまう。実際に彼らを知ったのもボサノヴァという必然からで、結局は絶対に二人には行きつくということがある。最初はさまざまな人のカヴァーで知ったが、その後それぞれの曲にたどり着き、それは必ずこの二人を通らなければならない。そしてジョアンジルベルトさんのアルバムO Amor, o Sorriso e a Florにたどり着いた。このアルバムの曲にはボサノヴァで有名曲という曲も多い。
そのアルバムの中で私が特に好きなのはSamba de Uma Nota Só(One Note Samba)だ。有名な曲でどこでも流れていて、よく聞く曲だ。私も最初に聞いたのはどこかから流れていた積み重ねでよく憶えてはいない、だが最初はシンプル過ぎるメロディとボサノヴァ特有のリズムなどがとても印象に残った。そして後に私に大きく印象付けたのは、第四のYMOメンバーの松武秀樹さんのユニット、LOGIC SYSTEMのアルバムに収録されているものだった。それはちょうどボサノヴァをアレコレと能動的に聞き始めた頃と重なっていて、そのアレンジは私にとってこの曲の印象をさらに鮮烈にした。もちろんジョアンジルベルトさんの元バージョンは別として。そしてジルベルトさんのギターや歌を聞くにつれ、そういう数々の曲を書いているのはアントニオカルロスジョビンさんであるということを再認識したりもした。
そういうこともありボサノヴァのほんの上辺を聞いていて、音楽サブスクリプションを利用し始めたときもアレコレ聞いていたのだが、制限付きサブスクリプションではあったもののアントニオカルロスジョビンさんの波というアルバムを発見した。曲は聞いたことはあったが、アルバムを通して聞いたことはなかったのでヘビロテのように聞いてみた。ボサノヴァとはいえ優雅なオーケストラのようなアレンジを用いていて、楽器がとりたてて多様とか多彩とは感じないのだが、それがもたらす深さを感じ、聞いていれば聞くほどに分かってくる。取り込まれてしまう。この曲の波もそうだが、やはりギターとピアノがメインと感じ、それはジョビンさん自ら演奏しているものらしく、そこに一番ボサノヴァを感じるところなのだろうなと感じている。
この波という曲はギターとピアノだけではなく、フルートはまるで波の一部を表すような鮮やかな点として使われていると思う。ストリングスやホーンセクションも効果的に使われていて、その中でのピアノは歌うように響く。ギターはボサノヴァのリズムという基本を示していて、ジョビンさんの曲という場所を提供しているフィールドのようなものではないかと思っている。ジャズっぽい印象も受けるが、このクラシックな雰囲気とボサノヴァの融合はとても素晴らしいものだと感じ、普段のもっと荒削りなボサノヴァのサウンドも同様だが、落ち着きや安らぎを感じさせられるのだ。少し冷たいような穏やかな海の波のように感じてしまう。それが心地よくずっと聞いていたい。この曲はアルバムの表題曲だが、同時に一曲目でもある。そう思うと新しいボサノヴァに引き込まれてしまうきっかけの曲でもあるし、まさにそうなってしまう。そんな素晴らしい曲だ。
使命 - NakamuraEmi
初期の音楽サブスクリプションにていろいろな曲に出会ったがバンドを含め私の琴線に直撃したというと、以前書いたモーモールルギャバンとこのNakamuraEmiさんであった。モーモーのことは割愛して、NakamuraEmiさんの楽曲にはどういった経緯で触れたのか憶えていない。しかし、最初の印象はそんなによいものではなかった。悪くはないが、もう少し聞いてみないとねってイメージだったのだ。それが偶然一枚目のアルバムのNIPPONNO ONNAWO UTAU BESTだった。実は名前からBEST版だと思い込み、一枚目のアルバムから聞きたい私は一枚目を探した。しかしよく分からず、発売年数が一番古いこのアルバムから聞き始めた。最初の印象というのは歌詞がちょっと私にはキツすぎる表現があったのかなと思うが、これも今はよく憶えていない。
だが、その一枚目のアルバムNIPPONNO ONNAWO UTAU BESTを聞いていると彼女の世界に引き込まれていくのをすぐに感じた。言葉の選択肢の好みはあるが、それは自分ではない人間の新鮮な刺激というどこにでもあるもので、すぐに感じなくなった。それよりも剥き出しのアコースティックギターの音と、歌詞が飛び込んでくるような曲は、普段歩きながら聞いている私の心拍数に呼応するように響いた。いや、心拍数というよりも、もしかすれば頭脳に直接流れ込んできたような印象なのかもしれない。それはリズムであり、ヒップホップの手法であり、ジャズっぽい自由度であったのかもと思う。そして聞けば聞くほど大好きになっていったのだ。どこの誰だかはまったく知らず、有名だったのかもしれないが、私にはとても無名の素晴らしい女性シンガー、ラッパー、プレイヤーであったのだ。
この曲はNIPPONNO ONNAWO UTAU BESTに入っている曲で、多分彼女の経験を基にしたと思われるアーティストと会社員との間、女性と社会人との間、アーティストとしての宿命というものを描いていると思われる。歌詞というかリリックはそうだろう。特に会社員の部分は私にはよくわからない話だし、女性的なものも本質は分からないのだろうと思う。だが、なぜか共感できる。そこは彼女のリリックが写実的に物事を捉えていると思われる。その重大なリリックに小気味よいリズムの曲、アコースティックギターやギターやベース、ドラムなどのシンプルな構成でありながら踊って弾けている。その中で彼女のラップや歌唱が泳ぐように進み、淡々と進む。だが伝えるべきことはたくさんあり、サビに爆発するのだ。別に力が入っているわけじゃない。かといって抜けていることもなく、現実が迫ってくる。そういう曲だ。この曲以外にも素晴らし曲は多いが、この曲もそういう部分が大好きなのだ。
代官山エレジー - 藤井隆
私は子供の頃からお笑いが好きで、その流れからコミックソングも好きだ。同様のことはGEISHA GIRLSの時にも書いたが、ある時期からコミックソングはただのコミックソングではなく、GEISHA GIRLSも含めてバラエティ番組に出演するタレントの人たちがアーティストとコラボし、彼らの潜在的な音楽性を表現し高め、相乗効果でできたポピュラーソングというものになった。そもそも単なるコミックソングも芸人などが映画やラジオ、テレビとコラボしたり、もっとその他のメディアとコラボしたり、劇場の隙間から生まれたようなものだと思っている。それらが好きだった。そしてある時期からよりポピュラーミュージックに変化したコミックソングも、コラボしているアーティストの音楽性と合致すれば聞きたくなってしまう楽曲だ。
今回の曲が収録されている藤井隆さんのアルバムを思えば、彼の音楽性はポップスを中心としたものだと思えるし、今回のこの曲のアルバムロミオ道行は平成昭和歌謡ともいえるものだと思う。別の側面から見ればシティポップやエレクトロニカの雰囲気もある。それはプロデュースをした松本隆さんや楽曲提供者だけではなく、確実に藤井さんの嗜好性が反映されたものだと思える。ちょっと道を外せば行きすぎ、作りすぎ、カッコつけすぎにもなりそうなふざけのような感覚があったとしても、その中身は純粋で、裏で真摯に取り組んでいる彼が見えてくるようだ。その誠実さがあるからこそ道を外すことはないのだろう。この楽曲やアルバムにかかわった人の力も大きいだろうが、藤井さん本人の強い意志を感じる。そういうアルバムだと感じている。
このアルバムの曲はすべてが素晴らしいもので、プロデューサーの松本隆さんと素晴らしい歌謡曲を作ってきた筒美京平さんの曲が象徴的でもあり、それらの曲はまさに歌謡曲の王道という感じでもある。もちろん作詞はすべて松本さんで、他にも多彩な作曲者がいろいろな曲を作っている。他の作曲者の人たちも数々の有名曲がある人々だし、また私の好きなオリジナルラヴの田島貴男さんの楽曲もありうれしかった。その中でもこの代官山エレジーのことを書くのは、私の情緒のずっと根底にあるものと似たような部分を感じるからだ。それは、ふっとしたゆるみの時間、鉛色の冬の空の下のとある光景が歌詞だけではなく、曲にも、歌全体からも伝わってくるからだ。自分がそういう体験しているということでもないのだが、私の情緒との親和性は高い。
曲はサックスやトランペットのホーンやギターのサウンドが動くこころを表現しているようで沁み入る。ストリングスやホーンのアレンジも同様だが、全体を通して流れているギターがやはりいいと感じ、そして藤井隆さんの歌にも情緒的な響きを感じさせられて、彼が丁寧に歌っているというのも伝わる。少し考えるとこの曲は歌謡曲という感じではないが、それでもすべてが曲全体の世界観を広げているような出来で、ホーンとギターの響きが印象に残るアレンジだ。そしてすべては歌詞に集約されているような冷え切った刹那の光景。それは部屋の中にいても鉛色の空の下にいるのと同様な情緒を感じてしまう。それはただ冷たいだけではなく、交錯する温度も含め揺れるこころのような認識だ。それらがすべて融合して詰まっている曲で大好きな曲だ。