前回は、「中國哲學書電子化計劃」サイトに公開されている漢籍から「元旦」用例をひろってみた。ただしOCRの精度にやや不安があるっぽいし、ここにあらゆる資料が載っているわけでもないだろうから、今度は「漢籍電子文獻資料庫」サイトの漢籍にもあたってみることにした。
こちらは中央研究院・歷史語言研究所が公開しておられるもので、無料で使えるけれども影印閲覧など機能に制限がある「免費使用」版と、すべてのサーヴィスが享受できる有料の「授權使用」版とがある。
ただし、どちらか択んでログインしないと中のデータはみられないので、前回までのようにサイト内コンテンツにリンクを張って、そこから直に内容をご覧いただくことができない。
一応、無料版で検索して引っ掛かったデータは全部、ブラウザの機能で手許に保存してはあるけれども、それをこちらで勝手に公開しちゃうわけにもいかないし、スクショとかのキャプチャ画像ならば目でみて理解しやすいけれども、書いてある文言が択べないから資料としては使いづらいし、第一そういうやり方だと著作権の絡みでおこられちゃう可能性がある。
そこで、テクストデータのカタチで引用するのが一番マシだろう、という判断で、今回は記事を書いていくことにする。
文字起こしの画面には、間違っているところをユーザが報告する機能がついているからやはりOCRデータには違いなく、しかし有料版ではないので影印と見較べてのチェックはほぼできない。が、専門の研究機関が公開しておられるものだし、実際データをみてみると校勘や補注がこまごま加えられている資料も少なからずあるから、全般にそれなりの信頼性があるとみてよいのではないかとおもう。
「中國哲學書電子化計劃」の方で利用したデータの底本は、ほぼ清朝期のものばかりだったが、こちらのはそれよりも古いものが多いようで、その点でもよりオリジナルに近い、と考えられる。
今回は図版が何もなくて図版研としてはツラいので、全く関係のない西湖風景の剪紙でも貼っておこう。
(追記:公開の翌朝、そーいえば歴史地図を貼っておいた方がわかりやすいな、と遅まきながら気づいて、早速『カラー世界史百科』(1978年 平凡社)の図版を追加。書影は☟「どうして重量単位「グラム」に「瓦」字を宛てたのか?(承前)」に掲載してある)
現存漢籍では最も古い(?)魏晉南北朝(〜六世紀後期)「元旦」用例
「漢籍電子文獻資料庫」での検索結果リストは、無料版だからなのかどうかわからないけれども、オリジナルの成立年とか底本の刊年とかの順に並べ替える機能がない。とはいえ、おおまかな時代別に絞り込むチェックボックスはあるので、それを使っておおむね古い資料から順を追ってみていくことにしたい。
「先秦」「秦漢」は該当なし。「魏晉南北朝」では顯慶四年(659年)成立とされる『北史』に、2ヶ所該当があるという。
ひとつ目は「元旦之朝」だから「日」とみてよいだろう。早稲田大学図書館ご所蔵の順治十三年(1656年)刊汲古閣版
では☟卷二十二の二十五丁表、「列傳」中「藝術上」の「蕭吉」のところ。
https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ri08/ri08_01735/ri08_01735_0212/ri08_01735_0212_p0026.jpg
ふたつ目は、該当箇所を開いてみたら「新羅」について書かれたところの、後代の校補の部分だった。
なお底本の「元大德本」というのは十四世紀初頭、元朝の大德年間に編纂された『史記』『漢書』『後漢書』『三國志』『晉書』『宋書』『南齊書』『梁書』『陳書』『魏書』『北齊書』『周書』『隋書』『南史』『北史』『新唐書』『五代史記』の十七史書のことらしい。
現存する漢籍で確認できる「元旦」の用例としては、実は『北史』「列傳」が一番古いのかもしれない……本当のところはわからないけれども。
隋唐朝五代(〜十世紀中期)漢籍での「元旦」用例
つづいて「隋唐五代」では、『隋書』と『新唐書』が出てきた。
前者は貞観十年(636年)成立の正史に顯慶元年(656年)完成の『五代史志』が付け加えられたものというから、オリジナルは『北史』よりも早いはずだ(実際、☝「列傳」「四夷上」の「新羅」補註には『隋書』に書かれていることが引用されている)が、リストでは後になっているのは、現存する『北史』よりも古い刊本が失われているからだろう。
これも早稲田大学図書館蔵の順治十三年(1656年)汲古閣版
では☟ここ。やはり「蕭吉」傳のところだ。
https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ri08/ri08_01735/ri08_01735_0175/ri08_01735_0175_p0050.jpg
『新唐書』の方もみてみよう。
この「韋元旦」というのは、中身を読んでみると正月とは何も関係がなく、どうも人名らしいので、スルーしてよさそうだww 正月1日生まれだった、という可能性もあるが、おぎゃーと第一声を発されたのが「朝」だったかどうかまではわからないだろうし……。
宋遼金朝(〜十三世紀後期)漢籍での「元旦」用例
次の時代区分「宋遼金」では、『金史』『宋史』と『宋會要輯稿』が挙がった。
まずは『金史』。
このうち、ふたつ目はひとつ目の補註。
これも元日の朝賀の話とおもう。「朝」の意で使っているかどうかははっきりしない。
みっつ目は、「天德四年十二月晦」、つまり大晦日に対して「明日,貞元元年元旦」といっているのだから、これは「元日」と解釈してよいだろう。
『宋史』は1箇所だけ。
「元旦朝會」ならば「元日の」とみてよいとおもう。
今度は『宋會要輯稿』。「會要」というのは、儀式の決まりごととか沿革とかをまとめたもの。
ひとつ目は雨乞いについてかかれたところ。
「冊寶」というのは「冊書」と「寶璽」のこと、らしい。
ん〜、「朝」なのかどうかはよくわからない。
ふたつ目は新年恒例の宴のことらしい。
やはりよくわからない。みっつ目は「壽聖節」について書かれたところ。
この「壽聖節」というのは、元朝期に行われていた節日なのだそうだ。
それが宋朝から引き継がれたものだった、ということになるのだろうか。
ともかく、太常禮院が日にちのことについて陳べておられるらしいことからすると、これは「元日」の意味ではないかしらん……。
元朝(〜十四世紀中期)漢籍での「元旦」用例
次の時代区分「元」では、『元史』の2ヶ所。
ひとつ目は「元旦」に用いられるという「樂隊」についての解説。装備とか役割ごとの人数とかパフォーマンスの次第とかが陳べられているものの、活動時間帯については書かれていなかった。
ふたつ目は「列傳」中の、「王約」という人物について書かれたところ。
尋詔約同宗正、御史讞獄京師,約辭職在清廟,帝不允。乃閱諸獄,決二百六十六人,當死者七十二人,釋無罪者八十六人,平反吳得誠冤,嫁良家入倡女十人,杖流元旦帶刀闌入殿庭者八十人。因議鬭毆殺人者宜減死一等,著為令。又以浙民於行省、南臺互訟不決,命約訊之。約至杭,二十日而理,省、臺無異辭。特拜刑部尚書,以錄前功。
この「元旦」は、日にちについていっているのだろうとおもうが……よくわからず。
明朝(〜十七世紀中期)漢籍での「元旦」用例
次の時代区分「明」では、『明史』『三國演義』と、『鄧尉山聖恩寺志』『臨平安隱寺志』というお寺の沿革について書かれた書物の4つ。うち『三國演義』は、前回紹介したのと同じ部分だったので省く。
『明史』は、「元旦」がちょっといっぱい出てきてタイヘン。
ひとつ目とななつ目とは朝賀の話。いつつ目は以下のような文。
これは「元日」の儀式のこと、とみてよいのではないか。
むっつ目の最初のは、続けて「清明、七月望、十月朔、冬至日」と出てくるから日にちの話だろう。
その次のは、これも日にちの話のようにおもえるが……どうだろう。
やっつ目は「列傳」の「儀智」という人の話だが、これも朝賀のことのようだ。
ここのつ目の「夏言」傳も同様。
終いの「趙錦」傳のは、「元旦」に日食が観測され、続いて洪水やら地震やら災いが立て続けに起きた、という話。
日食が起きたのが朝なのかどうかはわからない。
ふたつ目からよっつ目を後廻しにしたのは、これがどれも怪異の話でちょっと面白いかな、とおもったからww
ねずみが大発生して、前のヤツのしっぽをくわえた大群が何日もかけて大河を越え、あちらこちらで稲を喰い荒らしたりし、人を怖がるどころか触りにきたりして「ばけものだ」とおそれられていたが、「甲申元旦」になったらぱたりといなくなった、ということらしい。これは日にちのことだろう。
次のは金属に関する怪異。
洪武十一年正月「元旦」の早朝に、宮殿の鐘楼の鐘がいきなり鳴りはじめてはぴたりとやむ、というのが2度あった、という話。これも日にちだろう。
次の「風霾」というのは煙霧を指すらしいが、おそらく黄砂のことではないかとおもう。隆慶二年の「元旦」に砂埃が舞い上がり石が転がるほどの大風が吹き、北畿から江蘇・浙江にかけて昼間なのに真っ暗になった、という。
『人間と環境』誌7号(2016年)に載った河住玄「明代の教育制度(一)」によると、北畿というのは北直隷、つまり現在の河北のあたりを指すらしい。明朝の直轄地だったので「直隷」と呼んだのだそうだ。
同じ記事のほかのところには別に時間帯を示すような表現は見当たらないので、これも日にちではないかとおもう。
ふたつのお寺の縁起は、よくわからなかったのでリストだけ貼っておく。
いずれにせよ、ここまでみてきた限りでは、明らかに「元日の朝」の意味での用例はなかったような気がする。
次の清朝漢籍は、これまでと同じやり方ではとても無理なほど「元旦」用例が出てくるので、かいつまんで傾向を紹介してから、いよいよ〆にもっていきたいとおもう。