わたしには夢がある
娘の小学校で、生徒たちがつくった作品展があるというので観に行ってみた。
体育館に1年生から6年生の全員の作品が均等に展示されている。
ストーブも均等に配置されている訳だが、なんせ今季最大の寒波が訪れている最中なので手先が悴むのは仕方ないと思いながら。
1年生から順に見て回り、娘やお友だちの作品、同じ分団のお姉ちゃんの作品も見て回る。
当然、学年が上がるにつれ作品の完成度も上がるし、作品の意味にも具体性が現れてくる。
1年生であれば、「犬」「うさぎ」「車」「ひこうき」など「物」単体の作品が多い。
(作品名の札には覚えた漢字を一生懸命書いた。そんな感じ)
一方、5・6年生になれば物単体ではなく「なりたい職業」「〇〇している光景」など「時間」と「空間」を切り取ったような作品が多くなる。
「警察官になりたい」
「スポーツ選手になりたい」
「お医者さんになりたい」
「ユーチューバー」
などなど、人気の職業が続く。
テレビなどのメディアで「最近の小学生の夢は?」についてのニュースを目にすることはあるので、昔とは違うのは理解していた。
理解はしていたはずだけれど、小学生たちの作品をみて小さな何かが刺さったような感覚になった。
「夢」というテーマでつくられた立体的な作品をみた時のハッとしたような感覚。
うまく言語化はできないけれど、「言語」ではなく「かたち」として触れることとの違いのようなもの。
中でも印象的だったのが「夢は会社員」でつくられた作品。
なぜか? しばらく考えてみた結果、作品にはある共通点がみられた。
それは、皆パソコンをカタカタしているシーンであったことだ。
記憶をさかのぼる・・・・
当然ながら、自分の小学生時代の「会社員」というワードから、
机に置かれたパソコンをカタカタしている光景など存在するはずもない。
自分が子供だった頃の目線で、
現代の子たちの作品に触れた時のギャップの大きさを感じたようだ。
「じぶんには夢はあったのだろうか?」
なかったような気がする。
いや、もしかするとあったのかもしれない。
それが、徐々に風景化していっただけなのかもしれない。
向かう車内でたまたま流れてきた 『 I Have a Dream 』
キング牧師の名言がフラッシュバックしてきた。
少し意味合いは違うかもしれないけれど、きっと「夢」というワードがリンクしたのだろう。
「今日は忘れてしまっていたさまざま刺激を得ることができた」
そう感じながら、疑問点がもう一つ。
「夢」の作品にやたらと「スカイダイビング」が多かったのはなぜだろう?
「特殊すぎるだろっ」と思いながらも、それが「夢」というやつなんだろうと深くは考えないようにしようと思う。