青森県立美術館版 バレエ「アレコ」を観てきました
キチ先生
11/2(土)のおけいこ、お休みし失礼いたしました。
私がおけいこをおやすみして何をしていたか、とゆーと、札幌から青森までヒコーキに乗って、バレエ作品を観に行っていたのですよ。
青森? と思われるかもしれません。
でもね、これ、本当にすごい体験だったのです。
お教室では長々とお話できませんので、バレエのおけいこ特別研修レポートとして、ここで報告させてください。
●
作品は『アレコ』。
青森県立美術館版としての世界初演です。
青森県立美術館は青森市に2006年に開館した美術館。世界遺産の三内丸山遺跡からバス停1コ分離れた場所にあります。
森を背にした場所に建つ、白く長い建物。建築家・青木淳さんの作品として、美術館そのものも美しく、私は2013年の、そして今年の2月の奈良美智さんの個展を観に訪れた場所です。
札幌から、わざわざ出かけて行きたいような、建築と場所との調和も素晴らしい美術館なのです。
1階からエレベータで地下2階へ降り、展示室に向かうと、巨大な空間が開けます。
ここが、アレコホール。
「縦・横21m、高さ19m、四層吹き抜け」とのことですから、4階建てのビルがすっぽり収まるような空間がズドーンとある感じでしょうか。この抜け感が気持ちいい。
シャガールの作品『アレコ』が展示されているスペースです。
●
10年前に、そして今年2月に訪れたときも背景画に囲まれて「ああ、このバレエが観たい」と思っていました。
シャガールでバレエといえば、パリ・オペラ座ガルニエ宮の天井画を想起させます。
どんなお話かもわからないし、解説を読んだところで、いまいちピンと来ない。けれど、この背景画の前で足を止め、深呼吸をすると、バレエ『アレコ』が私を包み込み、物語世界へ誘われるような感覚に陥るのです。
●
今回の上演にあたり、いくつかのオプションがありました。
例えば約25分間のアレコ解説映像。
美術館内の「シアター」で、ゆったりじっくりお勉強。
4枚の背景画を通しての物語解説。
タイトル『アレコ』とは主人公の貴族の青年の名前で、もともとはロシアの国民的詩人といわれるプーシキンの叙事詩がもとになっているこのこと。プーシキンといえばバレエ『火の鳥』『金鶏』などが思い浮かびます。
不思議なことに、言われなければフィラデルフィア美術館から借りている第3幕『ある夏の午後の麦畑』に太陽が2つあることに気づけませんでした。
モチーフのひとつひとつに物語上の意味があるのです。
バレエの背景画で物語を語る、という手法があるのだなと気づかされます。
音楽はチャイコフスキー。
けれど『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』のように、バレエのために作られたものではありませんでした。
このあたりから、実際にバレエカンパニーで舞台を創作されているキチ先生には冷や汗モノの話が続きます。
チャイコフスキー ピアノ三重奏曲 イ短調 op.50
ヴァイオリン・チェロ・ピアノで奏でられる曲です。
シャガールの当時も、作品のためにオーケストラ版として編曲したのだそう。
この楽譜が今は残っておらず、先生もご存知の指揮者 富田実里さん監修・中原達彦さん編曲で改めてオーケストラ版が作成されました。
今回はさすがにオーケストラピットがない中ですから、録音音源を使用。
本当に素晴らしかった!
ひとつ難があったのは、フルートの鼻息……。それだけ。
今、この曲(三重奏版)を聴きながらレポートを綴っていますが「そう! そうそう!」と思い出しています。
本当にアレコにぴったり。抑圧と情熱、迷いと解放、抑えきれぬ思いと叶わぬ願い。パッションと破壊。いやもう懐かしい。
この次から次へと出現する課題に、キチ先生が使用許諾で飛び回る姿を思い出さずにはいられません。
シャガールは背景画のほか、衣装デザインも手掛けています。
この衣装、現存しているそうですが(個人蔵)、デザインの使用許可が下りず、改めて作成されたものでした。
これも素晴らしかった。
貴族の衣装はモノトーンをベースにしています。
解説によれば「背景になじまない色と素材」とのことですが、バレエ作品には珍しく、同じ場面・同じ振り付けで踊るのにデザインが違うというのが印象的でした。
リアルなのに幻想的な回想というのかな。貴族の衣装、大好きでした。
私自身がへっぽこ大人バレエを踊るからか、どうしても女性の衣装に目がいきます。
ロマ(ジプシー)の女の子の衣装も、『コッペリア』や『ジゼル』の村娘のようでもあるのだけど、ウエストから垂れるひらひらのリボンが自由さや軽さ、すれっからし感を表現しているようで素敵でした。
アフタートークによると、彼女たちの髪型は自由で、キャストの人たちが「今日はこんな感じ」と楽しんでいたようです。確かにシニョンの人はひとりもいなかった。
照明も会場の都合上かなり制限があったとのこと。
思えば発表会でも照明合わせは大切な工程だと経験していますから、これは演出では相当しんどいポイントだったのでは? と感じました(その後、本番ではその懸念も吹き飛ぶのですが)。
そして舞台装置を置けない広さの舞台で、いくら4枚の背景が揃っているとはいえ、客席や舞台、ましてや背景画を場面ごとに動かすのは至難の業。
「あとはご覧になっての、お楽しみ」ということで、シアターでのお勉強を終え、会場へと向かいます。
●
開場の16:30少し前に、エレベータでアレコホールへ向かいます。
客席数はそう多くありません。200席くらいかな?
キチ先生にお伝えするなら、札幌文化芸術劇場hitaruのクリエイティブスタジオに近いかも、という印象。
舞台の幅もクリエイティブスタジオと同じくらいか、やや広いかな、という感じ。
そうそう、発表会でおなじみの「ポジションランプ」は、この即席舞台にもちゃんとありました。赤がセンター、等間隔に、黄色・緑・オレンジ、と並ぶ、アレね。
平場にただ椅子が並べられているような席は嫌だなと思っていたけど、これもクリエイティブスタジオ同様、移動観覧席(ひな壇)が設けられ、そこにパイプ椅子が置かれて、十分見やすかったです。
ありがたいことにひざ掛けも用意されていて、荷物を入れる箱も借りられました。
自分の席を確認したら、ちょっとだけ「あおもり犬」に会いに行きました。
ちょうど夕暮れ時。
あおもり犬の頭上が建物の輪郭に切り取られ、夕空がジェームズ・タレル作品のようでした。
アート作品にアート作品をトッピングしたような贅沢さです。
席に戻り、四方に飾られた『アレコ』を撮ったりして、いよいよ、開演です。
●
作品は休憩なしの約1時間。
第4幕『サンクトペテルブルクの幻想』を背にして、踊られます。
そりゃそうだ。客席がぐるぐる回るのかな、と一瞬でも思いましたが、物語は最終行(おしまい)に向かって進んでいくのですね。
キャストは第2幕『カーニヴァル』を前に踊ります。
公演後のトークイベントでキャストの方が「踊るとき目の前に『カーニヴァル』が目に入るので、この絵の中のひとりとして踊るという特別な体験をしました。シャガールの絵にエネルギーをもらいながら踊っている感じ」といったことをおっしゃってましたけど、それは観客も同様です。
主役アレコは青森県出身の大川航矢さん。リーフレットをご覧になったキチ先生が「ええっ!」と叫ぶほどのスターダンサーです。
ボリショイ・バレエ学校(モスクワ国立舞踊アカデミー)を主席で卒業し、ロシアでの活動を経て、今は牧阿佐美バレヱ団でプリンシパルとして踊られています。
ナイーブで葛藤を抱える貴族の青年が、くるくる回り、ぴょんぴょん飛びます。急に語彙がアレですけど。ハイ。
ロマの娘・ゼンフィラ役の勅使河原綾乃さん、ロマの若者役の北爪弘史さんをはじめとするキャストのほとんどがNBAバレエ団の方でした。 そういえば音源演奏もNBAバレエ団オーケストラだった。
北爪弘史さんのキャリアのスタートはK-Balletだそうで、なるほど、Kっぽいよ、という感じ。堀内將平さんに、ちょっとヤンチャさを足したような第一印象だったからかなあ。
アレコが貴族社会の文化・精神から解放されていくところまでは分析モードでいられた私も、アレコがゼンフィラと心を通い合わせ、ゼンフィラとロマの若者が恋におち(浮気っつーか、乗り換えですね)、それを知って嫉妬に狂いながら崩壊していくさまを目の当たりにすると、どんどん物語に没頭していきます。
モノクロームの貴族たちの嘲笑。
恋に舞い上がるアレコと、一瞬の違和感を背中であらわすゼンフィラ。
陽気なロマの男と女たちの、春のよろこび。無邪気なダンス。
ロマの若者の自由さ、野性的でアニキ的な魅力。ゼンフィラと通い合う心。
そしてアレコの狂気。
悲嘆と狂気のパ・ド・ドゥ。
「ええっ、宝満直也さんの演出っ!」とおっしゃってましたけど、空間の制限を魅力に変えて、素晴らしいドラマティック・バレエでした、ホントに。
『サンクトペテルブルクの幻想』の上をゆっくりと滑るスポットライトには、もう唸るしかなかったです。
照明演出には相当の制限がある中で、素晴らしかった。
観ているほうも全速力の1時間でした。
大川さん、最初はクリーンな青年だと思ってたけど、最後、怖いくらいにぶっ壊れてた(ほめてる)。
ゼンフィラの勅使河原さんはもうプリンシパルだもの、でした。お達者。
最初は「は~、さすがだなー」と眺めていましたが、ロマの若者とのロマンスが進むにつれて、もう憑依とした言いようのない感情の表現に私の感情も持っていかれました。
北爪さんのアニキ感は、そのまんま『ドン・キホーテ』のバジルになっちゃえばいいと思いました。
貴族の娘とロマの女を踊った山田佳歩さん、めんこかったな。好みだったな。
そしてこの空間が生み出した臨場感。
客席とダンサーの近さが、よりダイナミックな感動を与えたんじゃないかな、と。
●
2021年4月から制作検討がスタート。
3年の準備期間を経て、2024年11月に世界初演。
開館の10年前に本来4枚で一組のシャガールの背景画を3枚購入し、この巨大な絵画を飾る前提で美術館は設計され、残りの1枚が借用という形で同じ空間に飾られ、失われたものを再生、創造するという30年に及ぶ物語の昇華。
多分、私は、その瞬間に立ち会ったのだと思うのです。
四方を物語の絵に囲まれて、その物語作品に没入する、という特別な体験。
ダンサーも観客も、シャガールの絵に見守られ、威圧され、物語から逃れられなくなる。
●
さて、またえっちらおっちら大人バレエのおけいこだ。
キチ先生、また、レッスンでお会いしましょう。
がんばります。
ありがとうございました。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?