【おはなし】 タイトル未④ 「密室」
やってきた地域部隊に連行されて、僕は取り調べを受けている。
現場に駆けつけた車は僕の知ってるパトカーとは少し違っていた。このときの僕は爆発で気が動転していたので気づくことができなかったけど、今なら分かる。
取り調べ室は、ドラマや映画で見たことのある小さな部屋だった。窓がひとつだけあり、暑いカーテンが取り付けられている。鉄製のテーブルがひとつとパイプ椅子がふたつ。卓上ライトはなく、ガラス製の灰皿がひとつ置かれている。大きさは人間の顔と同じくらい。今ではあまり見かけない仕様の灰皿だけど、僕は以前にどこかで見たことがある。
黒いスーツに黒いネクタイを締めた2人組の男性が僕に質問を始めた。1人が話し、もう1人が僕の会話を記録して調書に仕上げた。
・名前
・住所
・生年月日
・ID番号
・健康状態
・この街に来た目的
僕は聞かれたことを正直に答えた。とても個人的な理由だから捜査官でさえあくびをした。
僕は兵器をつくりにきた。
テレビで見たんだ。どこかの国の王様が僕の目を見ながら言ったんだ。
「我々は苦戦してます。隣国の皆さん、我々に武器を、銃を、戦闘機を提供してください。我々は侵略を受けています。皆さんの助けが必要です」
だから僕はこの国で一番の工業地帯へやってきたのだ。
この国では表向きは戦争を放棄しているが兵器は作っている。ピストルにはバネが使われ、戦車にはクサリが取り付けられている。ネジにしろゴムにしろ、それらは別々の会社でバラバラに生産され、外国に送られると兵器へと組みあげられる。
注意深く観察をすれば、バネやゴムが子供のおもちゃにも使われているのも見えるし、液晶ディスプレイや赤外線センサーが医療にも殺戮兵器にも使われているのが見える。
ふだんの生活の中に溶け込んでいる部品は、善意にしろ悪意にしろ組み上げられてしまえば生産者の意志とは関係なく利用者の手に委ねられてしまう。台所の定番商品の包丁がいい例だろう。肉をさばき骨を断つ道具でさえ、生命を維持するためのキッチン用品になったり人を殺めるための兵器になるのだ。
すべては状況に支配される。戦争を放棄している我が国でさえ、自らの命を守るための自衛権は認められているのだから。
僕は暮らしていた1DKのアパートを解約した。着なくなった服や使わないデジタル機器を処分し、どうしても捨てられない思い出の品はトランクルームに転送した。直近で必要なものだけを背中のリュックサックに詰め、いくばくかの現金をズボンのポケットに入れてこの街にきた。
できるなら住み込みで働ける場所がいい。仕事内容は兵器を作ること。ネジでもバネでも金型でも構わない。僕は王様の願いを叶えるのだ。
正直に話し終えると、捜査官は僕に言った。
「きみは危険だねぇ。世界を転覆させる恐れさえある。こんな子をこの街に解き放ってもいいものかぇ。わたしには判断ができないので、カウンセラーを手配することにしたよ。今聞いた話は調書としてまとめたのでコピーを1枚きみにも預けておく。必要なときが来たら使えばいいよ」
僕は取調室からカウンセラーの待つオフィスへと移送された。
やってきたのは白と緑を基調とした穏やかな雰囲気の建物。『四つ葉クリニック』の院長が僕の話を聞いてくれた。デジタルデバイスに転送された僕の調書を確認してからいくつかの質問を終えると、院長は言った。
「たしかにキミは危険ですね。というのは暴走族や兵士が持つ危険性とは違い、どう言えばいいかな、不気味さを伴う危険性です。殴られる怖さではなく呪われる怖さです。見た目には穏やかな好青年ですが、頭の中の思想が危ういですね。素直さが一線を通り越えると、取り返しのつかない事態を招く恐れがあります」
素直なことで怒られるのって、どうなんだろう。
「分かりますよ、キミの言いたいことも。素直なことはいいことです。平気でウソをつく人間が多くなってしまった現代において、キミのような古代種というか古風な人間は貴重ですからね。だからこそ、現代でチカラを持つ支配者にとってはキミの存在は邪魔になります。この国では真っ先に抹殺されるでしょう」
あ〜あ、僕は殺されちゃうんだ。もう少し長生きしたいけど、仕方ないのかな。
「納得しないでくださいよ。そういうところが非常に危険なんです。う〜ん、キミの素直さを活かせる環境はどこがいいでしょうか」
院長は黄色くて分厚い冊子をめくり始めた。
「アパートの管理人、自動販売機の商品補充員、農家。いろいろな施設があるのですが、希望はありますか?」
「そうですね、僕はずっと同じ作業をするのは苦手だから、ふたつかみっつを兼務できる作業が好きです。事務的作業と肉体労働がセットになっているのがいいかも」
「そうですか、そうでしょうね、ええ、わかってましたとも。キミみたいな危険人物を収容しておける場所といえば、工場が最適でしょうね。では、規律には厳しめの工場ですが、中庭にレクレーション設備のある金属加工専門の会社を手配しましょう」
院長はプリントアウトした用紙を僕に手渡すと、もう帰っていいですよ、と告げた。
「次回の来診日ですけどね、いつがいいでしょうかね?」
「また来るんですか!? 僕はもう来たくないです」
「ええ、そうでしょうね、そうでしょうとも、わかってましたよ、キミの返答くらいはね。ではこちらから案内を送りますので、到着したら指定の時刻に来てください。キミが今日のできごとを忘れたことを見計らい、楽しいお誘いに加工してお招きしますから」
「分かりました、さようなら」
「はい、さようなら」
僕はクリニックを出て工場に向かった。
『適性検査』につづくよ
はじまりは『地下道』だよ