
壊れても、つくり直せばいい。『生きものがつくる美しい家』には、軽やかに生きる生きものたちの建築技術と智恵が満載
昨年、自宅の瓦屋根を葺き替えた。我が家は築50年以上の木造住宅で、葺き替え前の屋根は、重い瓦の下に土を敷き詰める「土葺き」と呼ばれる古い工法が用いられていた。
長い間、「まだ工事の必要はない」と言い聞かせて過ごしていたが、重い腰を上げて瓦風の軽量の屋根材に葺き替えることにした。台風や大雨のたびに雨漏りするようになり、そのたびに業者さんに修繕してもらっていたところ、とうとう「寿命ですね」と宣告されたからである。
それから、数社の施工会社から見積もりをとったが、建築資材の高騰により、見積もり金額は予想以上に高く、のけぞった。「ひょっとして、計算をお間違えになっているのでは?」と担当者を疑ったほどだ。
家の工事は何かと大変だ。資金調達はもちろん、隣近所へのあいさつ回りも意外と煩わしい。しかも、3週間の工事期間中、常に屋根の上に人がいるので気持ちが落ち着かず、ストレスがたまった。
その点、野生の生きものは気楽なものだ。なぜなら彼らは、身の回りの材料で巣をつくることができ、巣の修繕もつくり直しもお手のもの。建築資材の高騰などどこ吹く風、だからだ。しかも、彼らの巣は創意工夫にあふれている。『生きものがつくる美しい家』では、そんな生きものたちの巣が紹介されている。
例えば、羊の毛でつくられた断熱性の高い、ツリスガラという野鳥の巣。日本の小鳥・エナガの巣は、弾力のあるクモの糸とコケでつくられているから、肌触りが柔らかくストレッチ性も抜群だ。そんなすてきな巣の中に、我が家の庭に来る顔馴染みの野鳥、ヒヨドリの巣も図解されていた。
数年前、ヒヨドリが、我が家の庭のイロハモミジの木で巣づくりをしたことがある。そのモミジの木はリビングの窓のそばにあり、巣は室内から窓越しに見える位置につくられた。
巣の建築現場を部屋からこっそりのぞくと、彼らはつる植物や道端で拾ったであろうビニールひもを、くちばしを使って器用に編み上げて巣をつくっていた。また別の日には、完成間近の巣の中で、ヒヨドリがお腹を巣の縁につけては体を小刻みに揺らし、位置を少し横にずらしてはお腹を縁につけて体を揺らす、という動きを黙々と繰り返していた。お腹の丸みを利用して、巣をお椀型に整えていたのだ。編み目が緩んで巣の底に空いた穴に、ちょうどいい大きさの枯れ葉をあてて塞いだのにも感心した。
設計図を見ることなく、きれいな巣を編み上げるヒヨドリの技術はまさに職人技だが、本書で紹介されているほかの動物たちの巣にも、職人さながらの智恵と技が感じられる。
南米のセアカカマドドリは、土にわらなどを混ぜて壁がひび割れないドーム型の巣をつくる。この地域の人々はかつて、家の壁の割れ目で繁殖するオオサシガメという虫による感染症に悩まされていたが、セアカカマドドリの手法を真似て家をつくると、壁にひびが入らなくなり、伝染病がなくなったそうだ。
地面に巣穴を掘るプレーリードッグも名建築士だ。彼らの巣の特徴は、巣穴の出入り口を高い場所と低い場所の2カ所につくる点にある。この構造が、巣穴内に高低差による気圧の差を生み出し、巣の中に絶えず新鮮な空気が流れ込む“24時間換気システム”を実現しているのだ。
ヒヨドリの巣はこれらに比べると構造も素材もシンプルだが、ヒナにとっては十分快適なのだろう。我が家の庭で孵化した4羽のヒヨドリのヒナはすくすくと成長し、10日も経つと、ほぼ生えそろった翼をバタつかせて飛ぶ真似をするようになった。いよいよ明日は巣立ちかな――。楽しみにしていた矢先、事件が起こった。
野良ネコが、ヒナに気づいて我が庭に侵入してきたのだ。私はシッシッ、とネコを追い払い、庭に生えていたトゲだらけのアザミをモミジの根元に敷きつめた。これで、ネコがモミジに飛びつこうと後ろ脚で踏み切った瞬間、アザミのトゲが肉球に刺さって、ヒナを襲うどころではなくなると期待したのだ。
しかし翌朝、庭に出て、全身の毛がシュッと逆立った。モミジの根元に巣がバラバラになって落ちており、ヒナが全員消えていたのだ。
あのネコがやったのだ。あのネコは、モミジの根元から離れた所で踏み切って、木に登ってヒナを襲ったのだ。私は、ネコの運動神経を侮っていた。
モミジの前で呆然としていると、巣から離れた場所で夜を明かした親鳥が近くの電線に止まった。そのとき初めて、巣が襲われたと知ったのだろう。親鳥は「キエー! キエー!」と青筋を立てて鳴いた。近所に暮らす仲間たちに、大惨事を訴えるように鳴き叫んだ。が、ひとしきり鳴くと気が済んだのか、踵を返して、林の方向へ美しい放物線を描いて飛んで行った。
『生きものがつくる美しい家』には、天敵のヘビの襲来に備えて“にせの入り口”をつくり、卵やヒナのいる部屋に続く“本物の入り口”を開閉式にした忍者屋敷さながらの鳥の巣も紹介されている。ヒヨドリもいつか、ネコの襲撃をかわせるような巣をつくるようになるのだろうか。それとも、天敵の襲撃は自然のさだめと、これからも同じような巣をつくり続けるのだろうか。
ヒヨドリの悲しい事件により、「あそこは治安が悪い」と口コミで広がったようだ。以来、我が家の庭でヒヨドリが巣づくりをすることはなくなったが、近所に治安の良い場所があるようだ。毎年、巣だったばかりの幼鳥たちが、うまく飛べずに大騒ぎしている。
ヒナを失ったあのヒヨドリたちも、事件後、別天地で新しい巣をつくって子育てに励んだことだろう。なにしろ彼らには、自分で巣をつくる智恵と技術がある。そして、人が家を買うときのように、頭金を工面したり、工務店選びに悩んだりする必要はないのだから。