ごめんね、ヒヨちゃん ~巣立ちの前に~
初夏のある日、庭のイロハモミジの茂みに、ヒヨドリが入っていくのが見えた。何か食べ物でも探しているのだろうと思っていたが、何度もやって来てはゴソゴソしている。ある時は、その茂みからヒョロリと飛び出した何かのツルの茎が、上に下にヒョコヒョコ動いていた。どうやらヒヨドリは、ここで巣作りを始めたようだ。
運のいいことに、巣はリビングの透明の窓越しに見える位置にあり、暗い室内の様子は外からはよく見えないらしい。薄手のカーテンをかけているので、派手に動かなければ彼らに気付かれることはない。ひとつ、どんな風に建築を進めているのか見ることにした。
ヒヨドリはとても器用だ。横にツルを編んではビニールロープを縦に渡す、といった具合に、くちばしと脚だけで、コロンとしたお椀型の巣をきれいにこしらえていくのだ。そしてときどき、丸いお腹を巣の内側に当てて、くるくるとまわりながら形を整える。かつての大工は、自らの腕の長さで尺を測ったそうだが、ヒヨドリも自分の体を大工道具に、丸く美しい巣を完成させた。名大工である。
大工のいないすきに、ちょっと内側をのぞかせてもらった。穴が空いた箇所には枯れ葉がそっと当てられており、ビニールロープは適度に毛羽立っている。居心地がよさそうだ。この大工はその辺にあるものだけで、こんな立派な巣を“建築”してしまうのだから、たいした腕前だ。
巣が完成してしばらくすると4個の卵が産み落とされ、2週間ほどすると、4羽のヒナが孵った。親鳥は、食欲旺盛なヒナの世話で大忙しだ。朝は明るいうちから、夕方は薄暗くなるまで、チョウやガ、ガガンボといった柔らかい虫を探して飛びまわっては、ヒナに与える。
柔らかい虫が尽きてしまうと、モミジの根元から這い出てきたカナブンを与えようとしたこともあった。ヒナは食べざかりとはいえ、カナブンはあまりにも硬すぎる。ヒナは口を大きく開けたまま、「食べれません!」とそっぽを向いて、ピーピー鳴いた。
親鳥は子育てに難しさを感じることもあったようだが、毎日、エサを探してはヒナに与え、ヒナがお尻を突き出して繭玉のような糞をひり出せば、それくわえて巣の外に出す、といった世話もした。人間で言えば、さしずめオムツ交換といったところだろうか。
そんなかいがいしい世話のおかげで、4羽のヒナはみな、平等にスクスクと育った。ヒヨドリのヒナは2週間ほどで巣立つ。「あと2~3日かな」と楽しみにしていたある日、事件は起きた。
夕方、帰宅すると、親鳥がいつになく「キエー!キエー!」と激しく鳴いていたのだ。庭を見ると、ノラ猫がうろついているのが見えた。巣に気付いたに違いない。何か策を講じなければ、ヒナは巣立ち前にノラにやられてしまう。そこで、ちょうど庭の中に生えていたアザミを巣のある木の根元に敷き詰めた。これでノラもトゲを嫌がって、巣に近づかないだろうと思ったのである。
しかし翌朝、巣はバラバラに壊され、辺りにはロープや枯れ葉が散乱していた。ヒナの姿はどこにも見当たらない。そこへ、別の場所で夜を明かした親鳥がやってきた。壊れた巣を見て事態を察した彼らは「キエー!キエー!」と取り乱して鳴いた。いつになく、長く激しく鳴いた。しかし、ひとしきり鳴くと、納得したように黙りこみ、きびすを返して林の方へ飛んで行った。
野鳥に限らず、野生の動物は、いつも死と隣り合わせだ。わが子の死も決して珍しいことではない。そのたびに、このヒヨドリのように、少し熱い飲み物のように受け入れるのだ。
その夜、庭でノラが「ナーオ、ナーオ」と鳴く声がした。「お前か!お前がヒナを食べたのか!」といまいましく思い、窓を勢いよく開けて「しっ!」と追っ払うと、ノラは「ナァ~オ!!」と厭世的に鳴いた。驚かされたことが気に食わなかったのだろう。その腹いせか、翌朝、庭にはノラの臭い糞が、ボテッと残されていた。