短編小説 | あの頃の私は...
あの頃の私は、棒一本さえあれば良かった。棒一本で生計を立てることができた。
ショーパブみたいなところで、薄暗い中、スポットライトを一身に浴びながら、一心不乱に踊り続ける毎日を過ごしていた。
学生の頃は、新体操をやっていた。基本的にプロというものはなかったから、アマチュアとして練習に励んでいた。
一生懸命練習しても、オリンピックになんか出場できるほど甘い世界ではなかったけれど、海外で開催される大会には一度だけ出場することができた。新体操は好きだったけど、これが潮時かな、と思った。
私が新体操をやめたのは、ちょうどバブルの頃だった。売り手市場の世の中だった。お金のいい仕事は他にもあったけれど、新体操への未練も残っていたから、夜の世界でバイトするのもいいかな、という軽いのりでショーパブのポールダンサーとして仕事をはじめた。
パブだから、客はみんな酒を飲んでいる。みんなでワイワイガヤガヤやっているから、たぶん私の踊りなんて見ちゃいない。最初の頃はやりがいなんて感じなかったけれど、客がいようがいまいが、私は私の踊りをするだけだった。
まれに「お姉さん、うまいね」と声をかけてくださる方がいた。毎日ではないけれど、そんなように褒めてくださる方が徐々に増えてきて、ささやかながら幸福感を持てるようになっていた。
今の主人とは、そのショーパブで出会った。結婚して直後に、バブルが崩壊した。彼は大きな負債を負い、私も職を失った。今はなんとか暮らせるようになったが、今でもポールダンサー時代が懐かしい。
もうすっかり体もかたくなってしまって、踊ることができなくなってしまった。あの頃は良かったな。これからもう、あのような時代はやって来ないんだろうな。
今私は「棒アイドル」ではなく、「某アイドル」になってしまった。
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