何かを小さじ1【創作大賞感想】
こんな書き出しで始まる「あらすじ」……そう、これは本文が始まる前の「あらすじ」の、そのまた書き出しの部分を抜粋したのです。
タイトルは【エロを小さじ1】、半径100mさんによる創作大賞応募作品です。
さて、時系列を正してみましょう。まず、半径100mさんがまだ半径3mだった頃……いや、もう少し時間軸を進めましょう。半径100mさんが、「note創作大賞」に応募するという噂が、noteの一部の界隈でまことしやかに伝播され始めた頃の話です。
「え? マジかっ!」
「読みたーい!」
「なぬっ! 半径さんが、創作大賞に殴り込みだと?」
「そんなん、誰も勝てんやん!」
「何処で読めるの?」
「創作大賞ってことは、まさか無料で読める?」
「ともかく読まなきゃ!」
そんな話題が急上昇中のある日のこと、ついに半径さんの応募作品がベールを脱いだのです。そのタイトルは、【エロを小さじ1】です。
何とも意味深で、印象的で、官能的なタイトルです。でも、これだけだと、ミステリなのかコメディなのか分かりません。いや、SFかもしれないし、ファンタジーの可能性も……と様々な予想が飛び交う中、冒頭に載せた「あらすじ」を目にしてしまうのです!
「な、なんじゃこりゃ!」と、沢山のnoterが松田優作のモノマネをしているのを横目に、不思議なテイストの物語が始まるのです。
まず、冒頭の料理教室のシーンからぶっとんでいます。何とも妖艶でいて、コケティッシュなやり取り、それでいて、何処となく張り巡らされている「自己啓発セミナー」のような狂気、そして、胡散臭い宗教じみたビジネスの香り。いや、コレはまさに「催眠商法」なのかもしれない!
と言うのか……そうか、これはお仕事小説部門のエントリーだな、と思いきや、ここで読書は一つ目の大どんでん返しを食らうのです。
なんと、「創作大賞2024」のタグと一緒に、「恋愛小説部門」のタグが添えられているのを見てしまうのです。
もう、そのあとは更新を待ち焦がれる日々が始まります。展開も構成もキャラクタも、魅力いっぱいの半径ワールド全開! 本格的な連載は初めてと言いながら、連載ならではテクニックも随所に散りばめられています。
例えば、どの章も必ずセリフで終わるのです。しかも、その後の展開が気になる一言なのです。「え? どうなるの?」と思わせぶりな終わり方で次話へと繋げるのですが、次は、語り手も舞台も全く違う話に切り替わっているのです。つまり、各回が見事なオープンエンドになっているという、最上級のテクニックが埋め込まれているのです。
そして、その毎回変わる視点ですが、これは、あの湊かなえが得意とする手法でもあるのですが、色んな人物の視点から「エロティックの素」の正体に迫る構成になっているのです。
多角的なアプローチで、それぞれの主観が入り混じるからこそ、決定的な回答は明確になりません。なのに、必然とそうなのだろう、そうに違いにない、と読者に悟らせる婉曲的な提示だけで、全てが解明されていくのです。この辺り、モヤモヤ感からのスッキリ感は、ミステリー小説としても斬新で秀逸と言えるでしょう。
また、読み進めていくうちに色々な「気付き」にも遭遇します。それは、主に「人間ドラマ」としての部分で見受けられるでしょう。
人の内面の脆さ、意志の弱さ……コンプレックスだったりアイデンティティの喪失だったり、「自分」を持てない人ほど、常に何かに縋りたい気持ちを抱えているのかもしれません。しかし、それは「隙」の裏返しでもあり、良からぬビジネスの種にもなり得るのです。
悪徳宗教やセミナーやネズミ講なんてのもそうでしょうが、そういう「付け入る隙」のある人をターゲットにしたビジネスモデルは、リアルでも間違いなく存在します。「エロティックの素」も、「モテたい」という誰にでも少しはある願望に上手く対処出来ない人、つまり、何らかのコンプレックスや自信のなさなどから、恋愛と上手く向き合えないでいる人に掛ける「暗示」に他なりません。
そんな怪しげな「商品」に高額の支払いを求め……というだけなら、単なる詐欺なのですが、実は半径さんはこの商売にもある種の整合性を準備しており、何とも巧妙な手口を構築し、単純な詐欺で終わらせないようにしているのです。その辺の計画性や展開はお見事というしかありません。ビジネスとして、すごく読み応えがあります!
そして、単純に悪を成敗する話に持っていくこともしません。罪や悪意を無条件に糾弾するだけでもなく、勿論推奨するでもなく、淡々と事象を取り上げるだけなのです。
面白いことに、詐欺と気付いた人たちのその後は……何とも言いようのない、不思議な「清々しさ」さえ感じる部分もあるのです。そこに何とも言えないリアリティを感じるぐらい、あり得る展開だろうな、と思うのです。
もちろん、騙されて良かった、というのではありませんが、騙されたことにより得たモノも必ずあったようで……その先は読んでのお楽しみなのですが、この作品があくまで「恋愛小説」である所以にも繋がってくるでしょう。
確かに、大筋では「エロティックの素」に振り回された二組の男女を巡る話が、物語りの核になっています。それぞれの結末も、甘さもほろ苦さも「恋愛小説」ならではの魅力と味わいでいっぱいです。
そして、ちょっとしたどんでん返しもあるのですけど、全てがあるべき姿に落ち着きを見せ、そのまま静かに物語は幕を閉じ……ると思いきや! 最後の最後、まさかの展開が動き始めようとしているのです! そんなシーンに後ろ髪を引かれながら、ともあれ、読者はここで「小さじ1のエロ」とはお別れします。
最後の最後まで、息つく間もない吸引力と、沢山の要素が入り混じった最高級のエンタメ文学の魅力に、もし、今から読んでみようと思う方がいらっしゃれば、一つだけアドバイスさせていただきたいと思います。
「一気読み必至なので、時間の確保をしておくこと」
きっと、この小説には、作者により何らかのエッセンスが「小さじ1」程度振りかけられています。