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赤を集めましょう

(本文約2,600文字)

 紅葉もみじから「赤」を抽出して保管する——それが、この季節の僕の仕事。でも、誰もそんなこと知りやしない。孤独な任務なのだ。
 抽出した「赤」は大きな陶製のかめで保管する。百リットルぐらい入るらしい。そんな大きなかめが僕の蔵に百個もある。赤は希釈して使うので、一つのかめに1/4ぐらい貯まれば十分だけど、何せ百個もあるからね。単純計算で、2,500リットルもの赤が必要なんだ。

 それでも、昔は楽々と集まったんだ。国中、探せば至る所に楓の木があったし、毎年ほぼ決まった時期に色付いてくれたからね。計画的に効率よく大量の赤を収穫出来たんだ。その気になれば、余裕で倍ぐらいは採れたと思う。
 なのに、近年は厳しくなったね。達成率は八割はクリア出来るけど、九割を超えることは滅多にないかも。楓自体が少なくなったし、収穫期も予測出来なくなって……。
 単純に不作の年も増えたしね。綺麗に色付かなくて、赤が上手く抽出出来ないんだよ。それに、不作どころか、全く色付かずに散っちゃうこともあるし。
 きっと、世の中の何かが変わってきたのだろう。時間の流れ、季節の移ろいの歯車が狂い始めているようだ。

 季節だけじゃなく、人間の心も狂い始めたのかな。紅葉こうようを見ても、何も感動しない人が増えてきた気がする。植物にだって感情はあるはず。だから、落葉前の精一杯の晴れ舞台ぐらい、その美しさを讃えてあげないと。自然の美に感動しない人は、きっといつか後悔することになるよ。
 今年は、特に難儀しそうな雲行きだ。十月半ばまで暑さが残り、楓も色付く気配がないままに、急激に寒くなったからね。このパターンは、どうしても何年か前の歴史的な「赤不足」の記憶が蘇ってしまう。ぞっとするよ。

 人間って、無意識のうちに赤を欲しているんだ。多分、誰も知らないし、因果関係なんて見出せないだろうけど、僕は知っているんだ。「赤不足」の年は殺人事件が増えることを。誰も着目しない統計だけどね、僕は早くからそのことを知っている。
 いや、着目するも何も、沢山の人間が殺されているのに、死体が見つからない場合はおそらく「行方不明者」として扱われるのだから、赤と殺人の関係に全く気付いてもいないのだろう。

 そう言えば、人間の体内にも赤はあるよね。体重の0.77%ぐらいは血液なんだって。ということは、体重が65kgの人は、約5kgが血液ってこと。
 意外なことに、血液の比重は水とほぼ変わらないらしい。つまり、1kgの血の量が1リットルってこと。なので、65kgの人の体内には約5リットルの血液が存在することになる。
 でも、ほとんどの人はそんなこと知らないよね? これは僕の仮説だけど、赤不足の年はこの人体の比率も低下しているんじゃないかな、と考えているんだ。なので、人は赤を欲し、血を求めているのかも。本当のところは知らないけどね。

 話が逸れちゃったけど、今年は大きく赤が不足するのは間違いないだろう。それで、赤を貯めてどうするのかって? そうだな、その話はまだしてなかったね。
 かめに貯めた赤はね、温度湿度の管理に気を配りながら、数ヶ月は蔵で寝かさないといけない。熟成の頃合いを見極めるのも、僕の重要な仕事なんだ。そして、真冬になる頃、少しずつ雪で希釈していく……そっとかまぜながらね。
 その時の雪質はすごく重要で、僕の経験だと長野とか新潟辺りのきめの細かい雪がいいみたい。たまに都会に降り積もる大粒の雪はダメだね。赤が薄まるだけなんだ。
 でも、不思議なことに良質の雪で希釈すると、春になる頃には、赤は仄かな淡いピンクに変わるんだ。きっと、良質の雪には白が含まれているのだろうね。薄い赤とピンクは別もの、欲しいのはピンクなんだ。
 要するに、一冬を掛けて、沢山のピンクを作るんだよ。百個のかめをピンクで満たすのが目標だ。そしてね、三月に入ると桜の木に撒いていくんだ。このピンクがないと、桜は綺麗に咲かないんだよ。
 そう、それも僕の仕事ってわけ。やっぱり、満開の桜は見たいよね? でも、残念なことに紅葉こうようと一緒で、最近は桜を見ても感動しない人もいるんだけどさ。

 だから、赤が足りないと大変なんだよ。コキアとかハナミズキ、ドウダンツツジなどで試してみたこともあるんだけど、思うような色にはならなくてね。なのに、年々赤は不足しがちだし、桜を絶やすわけにはいかないし……色々と試行錯誤した結果、紅葉もみじと変わらないピンクが出来る赤をみつけたんだ。なんだと思う?

 血液だよ!

 そう、人間の血さ。最近は、少なくてもかめ一つ分は確実に足りないから、予め、最低でも250リットル分以上の血液を確保しておくことにしている。65kgの人間なら、五十人分だね。出来れば百人分あれば安心だけど、なかなか難しいよね。
 何が大変って、血を抜くこともそうだけど、その後の肉体の処理だよ。五十人分ともなると、埋めるにも燃やすにも簡単には出来なくて……まぁ、ある方法で処理しているんだけど、知らない方がいいよ。知っちゃうと、豚肉が食べられなくなるからね、きっと。

 でも、そのおかげで皆んなは桜を楽しめるんだ。そして、桜はすぐに散るよね? そう、今度はピンクの収穫が待っているんだ。集めたピンクを濃縮して、赤を作らないといけないからね。
 遅くても9月中には赤を撒かないと、紅葉が綺麗に色付かないんだ。だから、桜が散るととにかくピンクを沢山集め、夏の間に濃縮して沢山準備しないといけないんだ。もう、一年中働き詰めだよ。足りない分は、また血で補うしかないしね。

 でもね、何でこんなことしているのかってことだけど、やっぱり日本の伝統は受け継いで欲しいじゃん。昔から、日本には「紅葉もみじ狩り」とか「お花見」なんて粋な風習があるでしょ? 季節の移ろいを感じ、自然の美しさを讃え、伝統文化に転じる精神は、日本人として守っていかないとね!
 でも、何も感じない人も増えてきてるんだよね。それはそれで受け入れないといけないのだろうけど。
 ただね、紅葉こうようも桜も、それを見て感動してくれる人の為に赤やピンクを撒いてるのだから、美しさを理解してくれる人の血は僕だって使いたくないよ。だから、紅葉や桜を見ても、その良さが分からない人から赤を調達するようにしてるんだ。

 ところで、あなたは紅葉は好きですか?

(了)



#シロクマ文芸部
#紅葉から



先日、ご近所さんからカリンをいただきました。
毎年もらっているのですけど、今年は大量に成ったみたいで、巨大な実を六個もいただきました!
シロップとジャムにします。