『もうひとりの転校生』(創作大賞感想)
何かの拍子に、他人と身体が入れ替わってしまう……それだけを聞くと、有名なあの作品『おれがあいつであいつがおれで』を連想する方も多いと思います。これは、後に大林宣彦監督により映画化された際、『転校生』と改題され、今ではこちらのタイトルの方が有名かもしれません。
この作品以降も、似た設定のお話は沢山書かれてきたと思いますし、実はこの作品が発表されるずっと前から、アニメでは既に使われていた設定らしいのです。
余談ですが、ピアノの前身楽器は「チェンバロ(ハープシコード)」と「クラヴィコード」と言われています。その更に前身楽器は、「ダルシマー」とか「プサルテリウム」という楽器で、更に遡っていきますと最後には「モノコード(一本弦)」という、原始的な楽器……いや、もう楽器と呼ぶのも憚れるぐらいの単なる「発音体」だけのような楽器に辿り着くのです。
小説における斬新な設定も、突発的に発生するものは滅多になく、大抵は「前身楽器」に相当するような「前段階」の設定があると思うのです。
偶発的に心と身体が入れ替わるという設定の前段階は、おそらく意図的に誰かに「なりすます」という設定なのでしょうが、当然ながら、それならもっと古くから沢山あるのです。映画だと『太陽がいっぱい』なんてのもありますし、文芸ですと、ユゴーのジャン・バルジャンもある意味そうですね。もっと言うなら、シェークスピアまで遡れると思うのです。(ベニスの商人とか)
そういう「なりすまし」という下地を発展させたものが「入れ替わり」だと思うのです。が、そうは言っても「入れ替わり」という設定も既に今更感は否めず、書き尽くされたのではないかなぁと思わなくもないのですが……相羽亜季実さんが、敢えてそこにぶっ込んできた作品が、『もうひとりの転校生』なのです。
コメント欄にも書いたのですが、正直に告白しますと、最初にこの作品のあらすじを読んだ時は、「え? 今更?」とややネガティブな受け止め方をしてしまいました。でも、すぐに「亜季実さんがこの設定のど真ん中を歩くとは思えない。きっと新しいことをやってくるはず!」と思い直したのです。
そんな期待を胸に読み始めると……ヤベッ! メッチャおもろいやん! となるのに時間は掛かりませんでした。
まず、こういう入れ替わりのお話では珍しい……いや、多分他に類がないと思われる「オッサンとオッサンが入れ替わる」という斬新さが可笑しくて、だからこそ生じるあれやこれやの出来事に、読むのが止まらなくなるのです。
多分、オッサンとオッサンだと、コメディタッチのドタバタ劇かな? と予想したのですが、これは大外れでした。確かに、多少のドタバタはあるのですけど、コメディ要素は少なめで、結論から言えばハートウォーミングな社会派のドラマなんですよね。
でも、それはあくまで読後の話であって、道中はなかなかスリリングな展開もあればモヤモヤもあり、少し官能的な展開もあり、苛立ちもあり……様々な感情を綯い交ぜにした人情ドラマなのです。
この二人の関係性も、亜季実さんは絶妙なところを突いたと思うのです。もし、私が同じ設定で書くなら、二人はいがみ合うライバルとか、パワハラの加害、被害の関係になっている上司と部下とか、逆に信頼し合っている親友など、その後の展開を書きやすい関係の二人にすると思うのです。その方が、「ギャップ」を生み出し易くて、ストーリーを構築しやすいし、読者にも受け入れられるかな、と安易に考えてしまうのです。
しかし、亜季実さんは、オッサン達の関係性で意外な選択をしました。この二人のオッサンは、単なる同期社員というだけなのです。
厳密には、二人ともあるスポーツ用品会社のサラリーマンです。同期なので、互いに顔見知りではありますし、キャリアも多少の差こそあれ、似たり寄ったりです。しかし、詳細は書かれてはいませんが、どうもそこまで親しい関係でもなく、敵対しているわけでもない、単なる同僚に過ぎない感じなのです。
決定的な違いと言えば、物語の語り手でもある大島は、既婚者で子どもも二人いて、ローンで手にしたマイホームに暮らしているのに対し、もう一人の前田はいわゆる「独身貴族」、仕事も有能でシビアな人物です。家庭を持ち守りに入っている大島と比べると、何かとアクティブな男なのです。
さて、この二人が階段での衝突を機に身体が入れ替わってしまうところから物語は始まるのですが、冒頭にも書いたように、ある意味使い古された設定ではあります。でも、亜季実さんはそのことさえも逆手に取り、主人公の二人が状況の理解を早めることに利用しています。
そして、前田の身体に変わった大島の一人称で物語は進行するのですが、お互い組織の中に生きる中年のオッサンです。家族や仕事、人間関係など、ここまでに築き上げたものを壊されたくない気持ちが強く、だからこそ相手の立場も守らないといけないという、「信頼」とはまた違う形の「担保」の為に、相手に「なりすまして」奔走するのです。
物語では、そのまま出張に出向いた前田の話がメインになりますが、当然ながら、この前田の中の人は大島なのです。普段と違う言動や思考は隠し切れなくて当然なのですが……この後は実際に読んでいただきたいので詳細は伏せますが、トラブルあり、感動ありの人情ドラマのような展開に繋がっていきます。
もちろん、前田が扮する「自分」のことにも気が気でないですし、特に家庭でどう過ごされるのか……という不安に押し潰されそうになっているのも当然と言えば当然ですね。
また、この二人は何かと補完し合う関係でもあった為、不思議と周りの人にも好影響を与えているのが面白いですし、上手いなぁと思いました。「どこかいつもと違う」という違和感が、「こんな一面もあったんだ」とポジティブな印象を相手に与えていたのです。
上手いと言えば、エンディングもそうです。二人とも「転校生」を知っていますから、戻り方も理解しているのです。
ネタバレギリギリになるかもしれませんが、多分ほとんどの方もご存知だと思うので書かせていただきますと、「転校生」と同じように入れ替わった時と同じ状況を再現すれば戻れるかもしれない、と二人は考えていたのです。
そして、二人はそれを実行に移します。階段での出会い頭の衝突……しかし、何度繰り返しても、偶発的な事故を恣意的に再現するのは難しく、場所も場所なだけに恐怖心との闘いもあり、なかなか上手くいきません。
亜季実さんのこのシーン筆致は、素晴らしいです。スリリングな緊張感、つい身を庇ってしまうもどかしさや恐怖、早く戻りたいという焦り……全てを見事に表現した素晴らしいシーンになっています。
そして、最終的には上手くいったものの……前田は怪我をして入院する羽目に。その怪我について、最後にちょっとした「ミステリ」の解明がアクセントになっており、すごく前向きな気持ちで物語は幕をおろします。
とても清々しいお話で、読後感も爽やかで、ポジティブなエネルギーが湧いてくるような物語でした。
強いて言えば、全編にわたり大島の一人称による物語ではありますが、「大島になった前田」の一人称の話も少し読みたかったなぁと思いました。
でもまぁ、決してそれでこの作品の価値が損なわれているのではなく、むしろ、そこを読者に想像させることにより、作品の完成度を高めているのかもしれません。
一ファンとして、またいつか、スピンオフなどを書いてくだされば……と期待を込めて、さりげなくリクエストしておこうと思います。
相羽亜季実さんは、創作大賞にもう一作ご応募されております。
【烏有へお還り】
ホラー部門にエントリーされている通り、なかなか怖いお話ではあるのですが、家族、学校、友達、イジメ、自死、不登校……など、沢山のキーワードが出てくる読み応え十分なお話で、ミステリ要素も強く、ひょっとするとこちらの方が「亜季実さんらしい」作品かもしれません。
単なる、という言い方は失礼なのかもしれませんが、「ホラー」だけに収まるような話ではありません。
こちらも、強くオススメいたします!