平和とは何か?( #シロクマ文芸部 )

「平和とは何か? だって。ねぇ、平和って何?」
「ママと一緒に考えてみる?」
「うん!」
「じゃあね、逆に平和じゃない世界ってどんな感じかな? 想像してみて」
「んーとね、殺し合いしてるの。あと、暴力とか泥棒とか、悪い人がいっぱいいて……あ、そうだ、テロとか戦争も!」
「そうだよね。じゃあ、そういうのがない世界だったら平和かな?」
「うん、戦争とか暴力とかなくて、悪い人がいない世界は平和だと思う」
「うんうん、そう思うよね。間違っていないわ。でも、もっと想像してみてね。そうねぇ、たとえば、地球が出来て人間が住むようになった時って平和だったと思う?」
「う〜ん、分かんない」


「分からないかぁ、そうだよね。でも、想像でいいの。ママもそんな大昔のことは知らないけど、想像してみるの。原始人の時代ね。何となくイメージ出来る?」
「うん、何となく」
「仕事とか学校もないけど、食べるものもあまりないよね? お家もなくて、家具も電化製品もなくて、服もなくて、水道もガスもなくて、道路も公園もなくて、いつ動物が襲ってくるのか分からない世界だよね。大雨が降ってもすごい風の日も、逃げるところがなくて……洪水になったり、雪がすごく積もったらどうしましょうね。何処かに行きたくても車もないし、電車もない。おまわりさんもいない。お金もない。お店もないし、レストランも病院もない。どう? 戦争はなくても、それって平和かな?」
「平和じゃない……そんなの嫌だ!」


「じゃあ、もし、そんな時代に生まれたら、どうすれば良いと思う?」
「みんなで協力して、助け合って、お家を作ったり食べるものも皆んなでさがしたり、水を貯めたり……皆んなで手分けして頑張る!」
「素晴らしいわ! その通りよ! 人間ってね、そうやって『文化』と『文明』を築いてきたの」
「文化と文明って何が違うの?」
「良い質問ね! ママの考えだと、頭の中とか心の中にあって、形がないものが文化、直接見たり触ったり出来るものが文明かな」
「よくわかんない」
「例えばね、物事の考え方とか神様を信じる心、これって『思想』とか『信仰』って名前が付けられているけど、手に取って触ることは出来ないでしょ? 教育とか哲学とか芸術とか政治とか……あと、マナーとかルールもそうね。そういう目に見えないものが文化なの。でも街を作ったり、井戸を掘ったり道を作ったり、建物を建てたり、畑を耕したり……こういう街とか家とか畑って、実際に見ることも触ることも出来るよね? それが文明じゃないかな」
「うん……何となく分かった」


「人間はね、少しずつ文化と文明を育ててきたのよ。火を使うようになって、武器を作って、畑を作って、罠を仕掛けて、井戸を掘って、建物を上手に建てるようになって、橋を作って、街が出来、服を着るようになって……宗教が生まれて、言葉も覚えて、ルールが出来て、音楽が生まれて、絵を描いて、色んな思想が生まれて、法律が出来て、政治が出来て、色んなことを子どもに教えて、どんどんと新しいことを学んで、ずっとずっとその積み重ねで今の私たちがあるの」
「人間ってすごいんだね!」
「でもね、人間は愚かなの」
「愚か? どうして?」
「ずっと仲良く、皆んなで協力すればいいのに、独り占めしたい人が出てきたり、人の物を力ずくで奪い取ったりする人もいたの。力がなくても知恵を使って騙し取る人もいたわ。そうすると、喧嘩になったり、仕返ししたり、恨んだり、憎んだり、嘘ついたり、傷つけ合ったり、ひどい時は殺し合ったり……争いが起きたのよ」
「戦争みたい……」


「平和って、本当にあると思う?」
「ないの?」
「どうだろうねぇ……」
「どっちなの?」
「じゃあね、ちょっとだけ話変えるけど、いい? 公平って分かる?」
「うん」
「平等は?」
「分かる」
「自由は?」
「全部知ってる!」
「三年生なのにすごいね! では、問題です。平等とか公平って元々あるものだと思いますか?」
「あるよ! 人間は皆んな生まれた時から平等だもん! 先生が言ってた!」
「先生の話は正しいよね。でも、本当に最初から平等なのかな? 平等に扱わないといけませんよってことじゃないかな?」
「そうかもしれないけど……」
「ということはね、生まれ付き平等じゃないのよ。だって、健康な人もいれば、生まれつき病気の人もいるでしょ? 大きな人、小さな人、頭の良い人、勉強の苦手な人、優しい人、意地悪な人、皆んなバラバラじゃない? でも、一人一人違うからこそ、平等にしましょう、って決めたんじゃないかな?」
「う〜ん……」


「公平もそうじゃない? 元々は公平なんかじゃないのよ。だって、お金持ちの家に生まれた人もいれば、生まれてすぐに捨てられる子もいるのよ? 公平じゃないよね?」
「じゃあ、世の中は不公平なの?」
「そうなんだと思う。不公平だからこそ、人間は公平を求めたんじゃないかな? こうだったらいいのに、って理想の状態を想像して、それを公平って名付けたんだと思う」
「平等も?」
「そうね、元々は平等なんかじゃないの。だからこそ、平等を求めたのだと思うわ。自由もそう。それに……」
「何?」
「平和もね」
「平和も?」
「そう」


「じゃあ、結局平和って何なの?」
「平等とか公平と一緒よ。人間が望んでいる理想の状態の一つね」
「平和なんてないってこと?」
「そうじゃないわ……そうじゃないけど、確かに、元から存在するものではないよね。人類が誕生すると同時に、不自由で不平等で不公平な世の中になったの。だから、他人のことをうらやんだり、挑発したり、憎んだり、妬んだり、見下したり、嫌味ったらしく自慢したりして、争いも起きて、平和じゃなかったかもね。でもね、そうだからこそ、自由とか平等とか公平に目を向けるようになって、そういう状態を求めるようになったのよ」
「平和もそうってこと?」
「きっとね。だからね、一度掴んだら絶対に離したらダメ。それに、平和な状態は大切にしないと、簡単に壊れてしまうよ」
「今は平和なの?」
「時間と空間を何処で区切るかだね」
「え、どういうこと?」
「あなたが笑顔でいられる、今、ここの世界は、ママにとっては平和だよ」

(了)


#シロクマ文芸部 今回は「対話体小説」で参加させていただきました。