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櫟 茉莉花
2023年1月29日 13:40
(本作は2,152文字、読了におよそ4〜6分ほどいただきます) 爽やかな秋晴れの午後。マチコは、ヒロコとお喋りしながら歩いていた。 ヒロコは陰口と自慢話が多く、気を許せない相手だが、同じ場所への移動なので無視は出来ない。適当に相槌を打ちながら、子育て自慢に付き合っていたのだが、内心はうんざりしていた。でも、第三者が見ると、仲良く談笑しているように映っただろう。 今日は、恒例の集会日。
2023年1月24日 10:59
(本作は2,340文字、読了におよそ4〜6分ほどいただきます) 勿論、果物は好きだ。そして、朝食はパン派なのだが……私は、市販のジャムを美味しいと思ったことがなかった。どれもこれも、甘過ぎるのだ。果物の魅力を台無しにする加工品で、むしろ憎悪すら抱いていたぐらいだ。 しかし、知人に貰ったジャムは別物だった。甘さよりも酸味の主張が強かったのだ。フルーツの魅力が活かされ、香りも色も光沢も申し分なく
2023年1月18日 09:19
(本作は1,972文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます) いつものアラームの音が、疲れ切った身体を鞭打ち、睡眠から覚醒へと強引に誘う。たとえ寝不足でも、どれだけ二日酔いが酷くても、パブロフの犬のように、この音を聞くと起きなければいけないと刷り込まれている。これが、「学生」を「社会人」へと変貌させる上で、デフォルトとなる習慣だ。 苦痛で退屈な一日が、今日もまた始まろうとしていた。目に見え
2023年1月15日 09:10
(本作は1,996文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます) 突如、頭の中で再生されたメロディが、延々とリピートする——。 またか……と、私は嘆いた。年に数回、同じ現象が起きるのだ。これは、作曲家として現実的な問題と直結する。と言うのも、いきなり浮かび上がったこのメロディが、自作なのか何処かで耳にした曲なのか、自分でも判断出来ないのだ。※ とあるクリエイターのグループで、合同発表会
2023年1月11日 21:04
(本作は2,000文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます) 徹夜確定だな——時計を見ながら、溜息が零れ落ちた。今晩中に絶対に書き上げなくてはいけないのに、まだ手付かずのレポートがあったのだ。しかも、二つも。 一つは、会社が開発している新商品について、マーケティング調査を行った報告書だ。他社同等機種との比較やモニターの評価など、データは揃っているのだが、もう何時間も文章化出来ないでいた。
2023年1月7日 08:45
(本作は2,591文字、読了におよそ4〜7分ほどいただきます)「ピアノの外装は、何で出来ているか知っているかい?」 彼は、穏やかに口を開いた。僕は、答えに躊躇した。唐突な彼の質問の意図が、全く掴めないのだ。冗談なのか、本気なのか……いつもそうなのだが、彼には表情らしきものがない。言動に、感情がない。過去も語らず、未来も指向しない。ましてや、自分を一切語らない。 しかし……とても知的な
2023年1月3日 22:29
(本作は2,686文字、読了におよそ4〜7分ほどいただきます) 張り詰めた緊張感が充填された空間。ここでは、微かに耳に届く空調の音でさえ、妙に安堵感を覚える。静寂は、時として恐怖なのだ。 この空間の全ての存在を支配する指揮者が、厳しい口調で語り始めた。 「本番まで、あと1週間だ。今更新しい取り組みは出来ないが、今までやってきたことを確認する意味で、今日は特に課題の多い2楽章のみをさらおう」