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「Loveless」の革新性、その先にあるシューゲイザーの可能性

1991年にMy Bloody Valentineが「Loveless」をリリースして以降、彼らがシューゲイズというジャンルに多大な影響を及ぼした事は説明するまでもない。

しかしそのあまりに特徴的なサウンド故に「Loveless」の影響下のシューゲイズが「マイブラっぽいサウンド」としてパターン化されてしまう流れの起点にもなってしまっている。影響を受けつつもオリジナリティのあるシューゲイズを作り出すにはどうすれば良いのか。

という訳で今回はマイブラの功績を分析するだけではなく、模倣に留まらない新しいシューゲイズの方法論について考察していこうと思う。

My Bloody Valentineの特徴

オリジナリティのあるシューゲイズを作る為に、まずはマイブラのサウンドの特徴を知る必要があるのでざっくりとおさらい。

彼らについてキャリア全体を参照するとあまりに膨大なので、代表作である「Loveless」を構成する要素を「ギターの奏法、エフェクターの使用法、サンプリングの手法」という3つのテーマに絞った上で分析する。

革新的なギターの奏法

「Loveless」のサウンドを特徴づける要素の一つがギタリストのKevin Shieldsが考案した「Glide Guitar」という革新的なギターの奏法だ。マイブラ特有のピッチが滑らかに揺れ動く浮遊感のあるギターサウンドはこの奏法から生み出されている。「what you want」などを聴けば「ピッチの揺れ」がわかりやすいだろう。

ギターの弦のユニットから伸びているバーがWhammy Bar

エレキギターには「Whammy Bar(ワーミーバー)」というピッチを操作できるバーが搭載されているモデルが存在する。これは主にビブラートをかけたりピッチを上げ下げさせる為にあるパーツだ。彼の愛用するギターであるFender Jazzmasterにもこのバーが搭載されており、Jazzmaster特有の繊細な機構と彼独自の使用法によってあのサウンドが生み出されている。

一般的な使用法は文章よりも下の動画を参照して頂けるとわかりやすいだろう。

上の動画のように一般的なギタリストは曲中でWhammy Barをアクセントとして使うのだが、Kevin Shieldsは常にバーを握りっぱなしでピッチを上下させ続けながらコードを弾く奏法を考案した。これが「Glide Guitar」である。

こちらのファンの方によるギターのカバー動画を見て頂ければわかりやすいと思う。

この項目の最後にギターの奏法について彼が言及した発言を引用する。

「ギタープレイすら僕にとってはサウンドの一部なんだ」

つまりKevin Shieldsの創作の目的は新しい音を作り出すことであり、演奏はその音を作る行為の一つなのだと。全てを音作りの一部として解釈する哲学マイブラの本質、そしてシューゲイズの本質でもあると言えるだろう。

エフェクターの使用法

マイブラを構成する「ノイズ」の要素の大部分を構成しているのがエフェクターだ。Overdrive、Distortion、Fuzzなどの「歪み系エフェクター」を深くかける事により激しいノイズを作り出している。アルバム全体を通しての轟音はこれとアンプの歪みの組み合わせによるものだ。(ほぼアンプによる歪みだけの曲もあるのだが、本記事では泣く泣く省略)

またKevin Shieldsがノイズに拘る理由も興味深い。多くの人間は歪みやノイズを「攻撃的なサウンド」と解釈し、それを愛好する者は「攻撃性の解放」を求めて聴く事も多い。しかしKevinは脳の構造が特殊なようでノイズを聴くとリラクゼーションを感じるそう。10代の頃はベッドに寝そべりパンク・ロックを聴いてウトウトするのが趣味だったのだとか。「Loveless」に宿る陶酔感の秘訣がここにある。

また歪みと合わせてリバースリバーブ、リバースディレイなどの逆再生の効果がついた「空間系エフェクター」も重要だ。従来のノイズロックとの違いは複雑に組み合わせた空間系によるものが大きい。

意外なことに「Loveless」はChorus、Phaser、Flangerなどの「モジュレーション系エフェクター」は殆ど使用しないという縛りを設けて制作されている。封印した理由はエフェクターそのもののクセが強い故に何を弾いても同じような音になってしまう為だそう。逆説的に言えばモジュレーション系エフェクターの独自の使用法を確立出来ればKevin Shieldsとは違う音が作り出せるだろう。

サンプリングの手法

「Loveless」はギターの生演奏だけではなく、サンプリングを多用している作品であるという事実は最も見落とされがちだ。

「to here knows when」ではサンプリングの手法が巧みに使われている。イントロから反復し続けるメロディーのようなフレーズは生演奏でもシンセサイザーの音でもない。ギターのフィードバックと呼ばれるノイズをサンプリングし、コンピューター上で再構築した音なのだ。またベースも演奏しておらず、レコードからサンプリングされた低音を使用している。

Kevin Shieldsの言う通り「エレクトロ・ミュージックのような手法で制作された作品」である。

シューゲイズが保守化する原因

「Loveless」を分析する事でシューゲイズが保守的になる原因が見えてきた。最大の原因は作り手と聴き手の多くがシューゲイズというジャンルに漠然と抱く「ギターとエフェクターの収集家によるノイズとリバーブの音楽」という印象だと思う。シューゲイズはギターを掻き鳴らすから新しいのではない。「あらゆる機材や演奏の組み合わせの実験」によって生まれるものなのだ。

新しいシューゲイズのアイデアを考案

前置きが長くなってしまったが、ここからは新しいシューゲイズを作る方法論をカテゴリー毎に考察していこうと思う。

ギターの演奏法

「浮遊感=ピッチの変化」という固定観念から離れて、新たな奏法を取り入れるのはどうだろう。音量の変化、リズムの変化によるうねりなど追求はいくらでも出来そう。またシューゲイズにおいてKevin Shields以降のギタリストでギターヒーローが少ないのも事実。テクニカルなギタリストが現れればゲームチェンジャーになると思う。

コード進行

シューゲイズの浮遊感は独特のコードの響きにも起因するが、コードの響き一つ一つの浮遊感に頼りがちでもあるのでコードの「進行」による浮遊感をより追求すると新しい響きが生まれるのではないだろうか。「コード進行の実験」は正に現在のJ-POPが得意とする分野なので、そこと融合する事で日本独自のシューゲイズが発展するのでは。

エフェクター

ディストーションやオーバードライブなどの「歪み系」、リバースリバーブやリバースディレイなどの逆再生の効果を持った「空間系」を使用するのは大前提としてそれ以外のエフェクトで個性を出したい。

Chorus、Phaser、Flanger

「Loveless」のエフェクターの項目で述べた通り、Kevin Shieldsが封印したモジュレーション系エフェクターをあえて使用する事で独自のサウンドを作り出せるかも知れない。

とはいえオルタナにおいてはモジュレーションエフェクターは珍しくもない選択肢なので独自の使用法を確立するには試行錯誤は不可欠。

Electro-Harmonix社のビットクラッシャー

「ビットクラッシャー」などのあまり使われていないノイズを付与するエフェクターなどを使用すれば新しいノイズの質感を追求する事も出来る。

VOX社のワウ

ワウなどの「フィルター系エフェクター」を使用してノイズにうねりを加えるのも面白そうだ。Kevin Shieldsもオートワウを使用しているようだが、シューゲイズにワウのイメージはあまりないので「フィルター系」を中心に音作りを試すのはアリだと思う。

ギター以外のパートのアプローチ

シューゲイズはギターがアイデンティティを形成する音楽と考えてしまいがちだが、シューゲイズにおけるドラムとベースの役割はまだまだ可能性があるように思える。ベースが面白いエフェクターの使い方をしてもいいし、ドラムが単なる4つ打ちではないグルーブを展開しても良いだろう。

現代的なサンプリング

必ずしもシューゲイズが既存のバンドサウンドである必要はないのではないか。打ち込みを主体としつつサンプリングしたギターの演奏をDAW上で大胆に再構築してしまっても良いのでは。バンドサウンドをDTMで再現するといった目的ではなく、DAWの特異性を活かした作曲法を模索する道にはまだまだ可能性がある。

最後に

「Loveless」のより詳細な使用機材や制作手法はギター・マガジン 2021年6月号に掲載されているKevin Shieldsのインタビュー記事が永久保存版レベルの情報なのでおすすめ。

「既存の作品の模倣に終始した作品が原典を超えられないのは何故か」というテーマは批評において度々議論されるが、そもそも私はこの議論の前提が間違っていると思う。「模倣」をしているとされる音楽はそもそも「原典への解釈が一元的で模倣すら完璧に出来ていないので超えるはずがない」というのが私の意見だ。

私がMy Bloody Valentineの「Loveless」という作品を通して学んだ事は「オリジナリティとは一つの主題をもとにして、多角的に行われる実験の先に生まれるものである」ということだ。その上で「オルタナティブ」の定義を見つめ直し、批評や制作をすることでより良い革新が起こる事を祈る。

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