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何者かになりたかったわたしへ

旅行先で、飲み物を買うために立ち寄ったコンビニ。
たぶん寒い日で、飲み口から湯気の出るコンビニコーヒーを片手に運転席へ戻った。
隣には、旦那さん。
コーヒーの湯気が目をじんわりと温め、その温かいほど良い苦味が喉を通り脳がほんのりと違うモードに移ったような瞬間。
私の目の前に、山を携えた夕暮れの空が、ただそこにあった。
それは本当に何気ない、取るに足りない、なんならコンビニ前の道路も視界の枠に収まるような何でもない、ある日の少し田舎の夕暮れ。
車窓越しだし少し汚れて見えていたかもしれないその風景は、それでもとても美しく、平穏になっていく自分の心に、心から幸せを感じた。
今でも脳内再生できる空の色と流れゆく細長い雲の群れ。
こんな時間が私に来ると思わなかったなぁとこぼす私に、前もそう言ってたねと返す旦那さん。
それからしばらくその夕暮れの空を眺めた。


幼少の頃から一番が大好きで、そのために割く時間は私にとって欠かせない時間だった。
分野は問わない。今思えば幼少期のばあばの刷り込み効果な気がしてならないが、小さい頃から手先が器用で大概のことはできた。得意と感じればなおのこと、これで私は大成できる!一番になれる!と拍車がかかる。
特に文字を書くこと、文章を書くこと、図画工作分野においては自分の気が済むまで自分の中にある「美」を追求した。それがとても気持ち良かったから。
特に小学校のころは酷かった。酷い、というのは放課後、遅くまで私の自己満作品づくりに付き合わせてしまった先生方に対する申し訳ない気持ちからだ。
図画工作は、どこに出展するんですか?オーダー受けたんですか?くらいの意気込みで毎回臨み、いつも居残って中々帰らない仕上げないの傍若無人ぶり。
ここのスピードは一番じゃなくてええんかいと今更ツッコむが、要は自分の手から生み出されるものに関してのクオリティーが最重要事項で妥協なんて許されない。誰に?
本当に何者だろうと思う。

ずっと何者かになりたかった。
その思いは、幼稚園かそれくらい幼い、記憶のあるころから私の中にうっすらと、しかし「なんかずっと引っかかる」存在として育ち続けた。
年齢を重ねて、それが「存在意義」という文字に置き換えられるように意識できるまで、私はそれが解決されてスッキリできる未来をずっと夢見て、そのためにできることをやろうと「ヒマ」をスケジュール帳から抹殺すべく、常に白紙の日を埋めるべく進んできた(スケジュール帳全盛期世代(勝手に名付けて定義)です)
所謂「自分探し」というものだ。
背伸びして大人ぶったりし始めたころ、「存在意義」が「仕事」というカテゴリーによって解決されるのだと気づき、女性の社会進出をこれでもかこれでもかと推し進める大学で、言われるがままに意識改革、そっかこれからは女性の時代か日本遅れてんのか!と目が覚めたような気持ちでグローバルに生きようとシフトチェンジ。
しかし就職氷河期。なんとか就職したも「なんかちゃう」からの「私のやりたかったこと」って…のラビリンスへ迷い込む日々を悶々と、しかし常に情熱を傾ける対象を目の前において日々をがむしゃらに生きていた。

そんな時、雷に打たれたようにある職業と人と出会い、職人の道を志すと決めた。2012年秋。
最近の新人は3年で辞めるの風潮に綺麗に乗っかり会社を辞め修行に専念。
とはいかず、バイトを掛け持ちしたり、専門学校に2年通って専門職雇用で会社に就職したり。
その間も、私が師としてきた先生の仕事場での勉強は続けさせてもらい、休日もお勉強が当たり前。というか、それくらいの努力はしないと師のような仕事はできないと師の仕事ぶりを見て実感する連続だった私には、この道を、この日々のルーティンを外れるなんて言語道断だった。

しかし、年齢は重ねないといけない。
身体も変化を免れない。
20代のあの向こう見ずな情熱についていける底知れぬ体力は、探しても出てこない。
心と身体と、色々調子が合わなくなってきたころ、コロナになって会社の仕事が一ヶ月できなくなった。
ここから、「生活」というものへ改めて意識を向けるようになった。
何をしてどう意識が変わったなどはまた別で書いてみることにして、このコロナの休業期間を経て2年後に6年勤めた会社を辞め、フリーランスとして独立と同時に結婚。
元々この職を志したときに描いていた形は個人事業主だったので、元の目指すところへ戻ったようなそんな感覚もあった。

駄文続きで早よハッシュタグに関係すること書けよということ極まりないのだが、
職人になって男性社会の中でバリバリ仕事してますというご立派な話ではないのがこのハッシュタグに繋がる部分かと。

今、私は何者にもなりたくない。
私=これです!と、自信を持って言いたくて得た肩書きを私の名前の上に表示させるのではなく、そんなものなくても、ただ両親から授けてもらった命と名前と、それを持って「わたし」として生きていきたい。
それだけで幸せになれるんじゃないかと、こんな気持ちになるなんて、生まれてこの方想像したこともなかったけど、今はそう思うようになった。そうなれた、と言う方が正しいのかもしれない。
いやそんなことできたら、こんなにも自己啓発本や幸せになるためのノウハウ本が世に溢れてないよとそれもご最も。
でも、今のわたしだから発想できること、踏み込んでいける世界、手を伸ばして得られること、それが何者になろうとかそんな意識なくても誰かの何かに繋がっていたら、そんなどうしようもなく曖昧なスタートでもいいなと思う。
ずっと何者かになりたかった私が、何者にもなりたくない、むしろ何者にならなくても、生きやすい社会を想像したい。
その想像の具体化に携わりたい、創造の担い手でありたいと思う。

また、書いていくことから始めたいと思う。


#想像していなかった未来

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