フランスにおける幼児の音楽教育
フランスでは幼児の間にどういった音楽教育をしているのでしょうか? 今日はコンセルヴァトワールの本コースでフォルマシオン・ミュジカルを始める前の子供たちの活動についてお話したいと思います。
幼児の間は音楽と親しむ活動が中心
以前もどこかで書きましたが、コンセルヴァトワールの本コースに入る前は、幼児向けのエヴェイユ・ミュジカル(Éveil musical 音楽の目覚め)と、小学校1年生向けのイニシアシオン・ド・ミュージック(Initiatiion de musique 音楽導入)のクラスがあります。そこの授業の一例をご紹介したいと思います。
音、音楽と馴染めるような活動
音に対して敏感に反応できるように、音にまつわる経験を重ねるというのがこの年頃の子供に必要な活動とされています。音を聴いて決まった動作をするという活動がさまざまな形で行われます。
例えば、ヴィヴァルディの春の2楽章を流して、時折流れる「タッター」という音に合わせて飛び上がる、というのは何回も繰り返すことでいつ飛び上がるかということも気をつけられるようになります。
プロコフィエフ「ピーターとオオカミ」の音楽を聴きながら、登場人物に紐づけられた楽器の音が聞こえたらその登場人物を表す動作をする、という活動では楽器の音を聞き分けることにもなり、いろいろな楽器の音と親しむきっかけになります。
ピアノの音に合わせて、スタッカートなのか流れるような音階なのかなどいくつかの音型を聞き分けて歩き方を変えたり止まったりする、なんていう活動もあります。似たようなものとして、床に大の字に寝っ転がって、音に合わせて動いて立ち上がって、というものもあります。いずれも音に注意しつつ、音楽に使われるいろいろな音型を経験しておくというものになります。
楽譜と仲良くする活動
これは先生によってはエヴェイユでも取り入れていると思いますが、音符をグラフィスム的に書いてみる活動は、音楽導入のクラスで見たことがあります。文字を読むのが小学校1年生になってからなので、それ以前は楽譜の読み方を体系的には学ばないのですが、エヴェイユの教材をいくつか参照したところ、楽譜の読み方を教えて、童謡や名曲の冒頭などを音符で読めるようにという活動を取り入れているものは見つけました。
楽譜を読まなくても音階に親しむ活動としては「クラス全員が並んで、ぐるりと輪になって座る。「ノミが上に登る」というような歌詞をドレミファソラシドで歌いながら、前の子の背中に指2本を上に向かって歩くような動作をする。「ノミが下に行く」をドシラソファミレドで歌って指も下に向かって歩く」という活動がありました。
楽器と親しむ活動
生徒が鉄琴に向かい合わせになって座ります。鉄琴のバチを持ってそれぞれが対話するような感じで鳴らします。相手の出す音を聴いて自分はどうやって出そうかなと考えるという、自由ではあるけれど音について考える活動となっています。
先生が吹くリコーダーに合わせて「ソプラノさんこんにちは」「アルトさんこんにちは」などと歌います。先生はリコーダーを4本持参して取り替えて吹いています。同じような楽器でも大きさが違うと音の高さが違うということを見て聴いて理解し、ソプラノ、アルトといった用語も同時に学ぶこととなっています。
オーケストラの楽曲を聴きながら、さまざまな楽器の音に触れることもします。
遊んでいるようでなんとなく学んでいる
ここに出した活動は、教育的意義があるものの堅苦しく学ぶというものではありません。幼稚園の活動が遊びを通しての学びも含んでいるように、音楽も幼児の間は遊びの中で学び取る、学び取れるような活動になっています。
音楽を聴きながらスキップしているのだって、リズムに合わせるという学びがあります。その音楽が変わったら動作を変えるとなれば、いろいろな音楽言語のさわりを学ぶこととなります。それがスラーというかスタッカートというかなどのことは後で学ぶにしても、そういうものがあるんだ、とまずは知ること、経験することが大切です。
もちろんこの時期、歌うことは大切です。いろいろな子供向けの歌を歌います。歌うことは誰でもできる音楽表現ですし、それを経験することはその後の音楽的成長の根っこになるものです。
絶対音感教育はあるの?
そもそも絶対音感をさほど重要視していない
個人的に絶対音感はあって便利だったことがないとは言いませんが、全ての音にラベルをつけられることよりも音の間隔を聴いて理解するという方が大切だと、長年の音楽経験を通じて感じています。そういう個人的な思いもあって私は子供たちに絶対音感をつけるような教育はしませんでした。
コンセルヴァトワールの授業でも絶対音感をつけるような活動はなく、でも相対音感で「音がわかるように」なるための活動は、フォルマシオン・ミュジカルの段階になったら授業中に行われています。
うちの子供たちはラの音はだいたいわかるし、弦楽器を演奏するのに必要な音感は持ち合わせています。楽器が狂ってたらすぐに気づきます。楽器で「はい、今鳴った音は?」と聴いて答えられなくても、自分の弾いた音が「ちょっと違う」ということに気づいて修正できる(ピアノの音の助けは無しです)のでそれで十分だと思っています。
まずは聴く力を育てる
まずは音を聴く、音に対する集中力を養います。そして、2つの音の違いを聴き分けます。鳴っている音が2つ、同じ音にするべき音なのになんとなくずれているとなったら「どちらが高いのか」「どうすれば2つの音が同じになるのか」を考えつつ音を動かします。もちろん他の音との兼ね合いでどちらかが正しくてもう一方が間違っている、あるいはどちらも間違っているなどありますが、それも含めて「正しい音」をつかめるように耳を訓練します。
上にあげた楽器の音を微調整できる力はこの聴く力の賜物です。微調整できるような繊細な注意力を持った耳が育てば、絶対音感の有無を気にする必要はありません。
幼児からコンセルヴァトワールに通っている子は長続きしやすい
保護者の「音楽をさせたい」気持ちがより大きい
これは間違いなく続ける要因になります。個人レッスンであるか、コンセルヴァトワールであるかを問わず、保護者さんの後ろ盾は継続力の違いとしてはっきり出ます。
幼児のうちからコンセルヴァトワールに子供を連れてくる親御さん(幼児が自分から「コンセルヴァトワールで音楽をやりたい」とはまず言わないと思います)は、音楽をやらせることの意義を理解していて、やらせたいと思っているから連れてくるわけで、そういう環境に育っているお子さんなら長く続くのは当たり前と言えば当たり前ではあります。
「第一課程が終わるまでは続けること」など、期限を区切って義務付けている家庭も知っています。中学を超えて続けるのはみなさん大変で、それでも続いている子は保護者さんの理解もあり、子供の立場からすると音楽への興味を持たされたという恩恵はあるのだと感じています。
小さい頃から馴染んていてなんとなく学んでいる力は大きい
保護者さんの後ろ盾が継続力につながると書きましたが、続く理由はそれだけではなくて子供自身が幼児の間に得た音楽力の影響もあります。
音楽を嗜むためには小さい頃からの英才教育が必要というものではないと思いますが、小さい頃からなんとなく学んでいる、身体に馴染んでいるということの力は大きいと感じます。
比較的遅めに学習を始めるフランス人のソルフェージュ力が高いのも、この子供の頃になんとなく自然に身につけたものの影響力のおかげと言えるはず。小さい頃から身体に染み込んでいれば、自然と聴くことができるようになり、聴ける耳の力を持って音楽を始めることとなります。
小さい頃から音楽に馴染んでいれば、生活になんとなく音楽が存在することになります。うちの子たちはなんとなく歌うのが好きで、シャワーを浴びながら歌うこともあります。
音楽早期教育は一般的ではない
フランスでは、幼児の間、将来の音楽活動の基礎となる力をつける教育を行っています。名ソリストと言われる超一流の演奏家には早期教育(4歳くらい)で楽器を習い始めたという人はいますが、オーケストラヴァイオリニストでも8歳から始めた人はいるので、一般的に学習開始年齢は高いといえます。
それまでに必要なのは楽器のテクニックを磨くことではなく、音楽力の基礎となる聴く力を育てること。フランスの一般的な幼児音楽教育ではなんとなく学ぶことを通じて音楽の総合的な力を育てることが主眼に置かれています。