#3「エチオピア高原の吟遊詩人」遠くて近い人たち
アフリカ北東部に位置するエチオピアの吟遊詩人アズマリは、マシンコという一弦楽器を演奏しながら、酒場などで即興で歌う音楽家のことです。そのアズマリの活動やアズマリを取り巻く状況を彼らの言葉を習得して共に生活した著者が語ります。
その姿はピアノの前に座り楽譜を開いて音楽を演奏する私とは、あまりにも遠く離れている存在に思えます。たくましくしたたかなアズマリの在り方は、厳しい状況に晒されることも少なくないけれど、音楽と人が近く、確定しない状態で場によって漂うように存在しているように感じます。音楽をする人と聴く人との距離が近いだけでなく、音楽をする人と音楽の境目が曖昧で分けることができません。考えてみれば当たり前のことですが、楽譜を見てピアノを弾き、録音された音を聞いているとあたかも人から離れた音楽だけがそこに存在しているかのように感じられる瞬間があります。音楽は人々の中で立ち現れて、そこで生き生きと存在する。そのことがひしひしと感じられます。ピアノのレッスン室を主な仕事場としている私たちを揺さぶります。
私たちと「音楽」という共通項を持つアズマリが置かれている状況が伝わる記述をいくつか引用します。
アズマリの音楽はさまざまな在り方で人々の暮らしに入り込んでいますが、社会的な地位は決して高くありません。
アズマリは、社会的に後ろめたい存在とされている。鍛冶屋、機織り、壺作り、皮なめし、そしてアズマリ。いわゆるモヤテンニャと呼ばれるこれらの職能者との結婚は、家にヒビが入るとされ、一般的には忌避される。
著者が行動をともにしていた10代前半のアズマリが酒場で演奏し始めた時には厳しい反応に晒せれます。
十中八九、演奏の拙い子どもの楽師は人々にバカにされるか見下されて、野良犬のように追い払われるのがオチだ。
厳しい状況の中で、演奏する機会を求めて酒場を渡り歩く。
そんなアズマリが言う「良いアズマリ」とは、次のような存在です。
チュンブルなやつがすべてだと。この形容詞には少し注釈が必要だ。アズマリの隠語でこの語は“不親切”、“意地が悪い”、“狡滑”といった意味を持つ。そのいっぽうで、この語は、時として“演奏技術の腕前が高い”、“歌がうまい”あるいは“やんちゃで茶目っ気のある”など、ポジティブな意味を持つ。いわば多義的な言葉だ。
良いアズマリであるためには、(・・・)多少ダーティーでも、狡猾に世間を渡り歩き、聴き手の心をがっつりつかみ、持ち上げ、その場で歌を支配する者。
アズマリは忌避されるだけではなく、地域社会の中で様々な場面で演奏機会があります。長い歴史の中では、王侯貴族お抱えの吟遊詩人が存在しました。
彼らのなかには、パトロンである王をほめたたえるのみならず、政策に対して助言をしたり、儀礼的に揶揄したりすることを許されている者もいたと言われる。それら王侯貴族お抱えの吟遊詩人は軍人が持つような冠位を有し、土地を与えられることもあった。アズマリは、パトロンを褒めたりけなしたり、権力に従属し、時には反抗し、エチオピアの長い歴史の中でしたたかに生きていた。
また、結婚式や宗教的な祝祭の場、儀式でもその姿は見られます。
・・・めでたい祝祭の時期は村々から多くのアズマリがゴンダールへ演奏機会を求めてやってくる。人々の心が浮き立つ祭りの時期はアズマリにとっては絶好の稼ぎどきだ。
農作業をする場にもアズマリはいます。農村の収穫の忙しい季節には、農作業を行う男たちの後ろでアズマリがパフォーマンスをしているといいます。アズマリのパフォーマンスで農民たちの跳躍は勢いを増し、鎌の動きはより素早くなると言います。
このときのアズマリの演奏については、音楽の機能というキーワードをもとに、いろいろな側面から論じることが可能かもしれない。例えば、作業の効率をよくするためにアズマリは演奏を行なっている、あるいは、アズマリが演奏を通してきつい労働を楽しい娯楽に変えているなどなど。(・・・)アズマリは、マシンコ(弦楽器)の演奏で人々の感情を司り、煽り、それを天に、大地に解き放つコンダクターなのだ。
しかしこのような姿は農作業が機械化した現代では減少してしまったということです。
現代ではエチオピアから世界に飛び立ち、アーティストと自らを名乗って活躍するアズマリも出てきています。後半ではそんな彼らを取り巻く状況も語られています。
この本は音楽之友社でweb連載されたものが加筆されて出版されたものです。
ここでは著者の川瀬慈さんがフィールドワークで撮影した映像作品も見ることができます。
映像の中で歌い、奏で、話す姿を見るとそこには、違いにばかり目につきあまりにも遠い存在に見えていたアズマリに自分と同じものがあることを感じます。同時にその在り方を羨ましいと思っていることに気がつきました。
ここには、用心深く愚かでいないこと、賢く生きくることを過度に強要される空気がなく、科学的なことだけが正しいと判断される空気が感じられません。そこには私が想像をできないような厳しい面があるのだと思いますが、それでも自分が今いる場所はなんと脆くて危ういのだろうと感じざるを得ません。目に見えないことや、わからないことを信じたり怖がったりする暮らしと、アズマリの一面的ではない個性は関わりあい、その瞬間瞬間に動じない強さを作り出しているように感じます。