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要するに「全てに飽きた」んだと思う

2024.7.3

やってきました7月。
もうずっと暑くて、でも数字を見たらまだ7月って…。
「7月の夏」と「8月の夏」で感じる絶望度って、圧倒的に7月の方が高い気がする。
全ては私が夏嫌いだからです。

じわじわと感じていた「飽きたな」

さてなんでこんなことを書いているか、というと
ついさっき、今まで自分が長く「どうしようか」と思っていたことにやっと決着がつきそうになったからです。

わたくし、日本を出て4年目になろうとしている今、正直言うとずっと前からこの現状に飽きています。
現状というのは、身の回りにあるとにかくすべてです。

「楽しそう」といきなり手を付けても1年くらいで要領を得るとすぐ「飽きた」と辞めてしまうこの性格、しかも「飽きた」を放置すると次第に自分の心を攻撃してしまうのでとても厄介なんですよね。自分で言うのもアレですが。
とにかく同じ場所にいられない同じ人ともいられない。そして仕事に関しても例外ではなく、同じ時間で働けないし、電車も無理(勤務地は3駅以内まで)、そうして無駄に増えていく職歴…

でも過去の自分に感謝することと言えば(?)、おそらく職に困らない資格を取ったこと。
中学生の頃からたくさんのボランティア、インターン、実習、指導案、日誌、部分実習、責任実習(思い出したくもない)…「私はきっと将来的に社会で生きていけないだろうから」と4年間大学に通って取った保育士資格と幼稚園教諭(一種)の免許があります。

「保育士」って保育園で働くだけじゃないんですよ。実は資格を活かして色々な働き方があります。
なので正直何度飽きても、職歴をいくら汚したとしても、資格を何らかの形で活かしてなんとか食べていくことは出来る。「だから、きっと私は露頭には迷わないはず…」と信じてここまでやってきました。

でもありがたいことに、日本を出て数年経った今、保育士と幼稚園教諭のカードを使わずに済んでいるのが現状です。これは数年前の私だったら考えられないことです。本当に、周りに感謝しています。

ちなみに結局、保育職には合計7年くらい従事しまして、勤務地は3回変えました。資格の活かし方もそれぞれ違っていて、呼び名が「先生」だった時もあれば「○○さん」だった時もあります。

結果として辞めた理由は全部、本当に大体が「なんか慣れたら飽きたな…これを定年まで続けたいのかと言われたらNOすぎる…」と思ったからです。
そうやって小さく飽きて仕事を変え、また小さく飽きて仕事を変え、私は今ここにいます。

 今、「飽きた」がアツい!!

さっき、私は「正直言うとずっと前からこの現状に飽きていたんだと思います。」と書きました。
そう、飽きてたんです。日本を出て4年、もうぶっちゃけ飽きてるんです。ここにいることさえも。
その話、確か以前にも書いた記憶がある。

久しぶりに読んだけど、昨年の時点で既にもう飽きてましたね…。
でも今回飽きてても「まあいいか」と思えてるのには、はっきりとした理由があります。

同じ場所にいなくていい
同じ人と毎日仕事してない
・適当な時間に起きて適当な時間に仕事してる(締め切りさえ守ればOK)

私、MBTIでいう所のゴリゴリなINFPなのですが、社会に馴染めないINFPの人たち、この働き方絶対いいです。職種と給料については保証できないので、そこについてはごめんなさい。でも私は心を病んで毎月高い医療費を払うより、ストレスの元を物理的に消すのが良いと思っています。

でもですね、最近心のなかで強く主張してくる、無視のできない「飽き」が他にもあったんですよ。

それは

場所

 

もう盲点。
なるほど…日本を出ただけじゃ足りなかった。

でも思うんですけど、場所って仕事みたいに頻繁に変えられるものじゃなくないですか?特に家なんて、ヤドカリじゃないんだからコロコロ変えるなんて現実的とは言えません。
家探し、契約、審査、荷物の整理、ガス水道ネットの契約云々…などなど、乗り越えなければならないハードル多すぎて、「飽きた!よし明日から引っ越しだ!」なんて、とてもじゃないけど出来ることではないです。

特に私の場合、海外移住者の中でもかなり荷物が多いタイプでもありまして…。
でも日本を出てから4年の中で、衣替えや模様替えの度にかなり荷物を捨てたんですよね。日本にいる時の半分か3分の1くらいには減ったと思います。それでもまだ多分多い方です。
昔から家の中を好きなもので埋めるのが大好き、でも心の中では「もし日本に帰らなければならない時、この荷物をまた運ぶのか…もしまた日本が嫌になった時、この荷物を抱えて次はどこに…??」と時々考えることがありました。そして考えては「まあ、今はまだその時ではないから」と真剣に考えるのを避けていました。

というか、正直に「もう飽きた」がはっきり分かった今なら分かるんですけど、
この荷物問題があるから、気持ち的には飽きてても「まだここにいなければ」と自分を縛っていた気がします。

でもね、何度も言いますが、飽きたんです。もうここにいることも、何をすることも、とにかくすべてに。
大好きな場所だし居心地もいい、だけど「私がいなきゃいけない場所」じゃなくなってきた気がします。
大好きな場所だから、もっと身軽で良い気がする。「大好き」とは、「ずっと一緒にいる」ことじゃない

そんな経緯があり色々と考えていたんですが、つい最近いきなりストンと腑に落ちる選択肢がいくつか出来たので、今「やっと離れてもいいかもしれない」と心の隅っこが安心しています。

私には必要だったのは「別の場所を用意する」のではなくて「いつでも別の場所に行ってもいい」という気持ち的な余裕だったのかもしれません。
とはいえ話はまだまだ先なのでどうなるか分かりませんが、一応記録的に残してみることにします。

人生いつ何が起きるか分かりません。
もしかしたら明日、私は死ぬかもしれないし。
今のところ人生に大きな後悔をしたことはないのですが、これからもっと自分が自由でいられるために、どこかに浮遊するかのように生きるために、生活を見直してみます。

ではまた近いうちに。

2024.9
もりもりと色々準備しているところで、交流している人に対しても飽きが来ていることに気づきました(多分失礼)…。

「まだそんなこと言ってるの?」「まだそこ(昔のグループ、職場の派閥とか)にいるの?」と思ったが最後。やはり私は一人で、もりもりと前に前に進むのです。

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