因数分解法によるエルミート演算子の固有値問題の解法
生成消滅演算子による調和振動子の解法がなぜあれでうまくいくのか釈然としない人へ贈る。
調和振動子だけでなく、水素様原子だって井戸型ポテンシャルだって因数分解法(Factorization Method)により解けるのだ。
手続き
エルミート演算子$${{A_0}}$$に対して以下の手続きを実行できたならば、$${{A_0}}$$のすべての固有値が得られる。
(1) まず、エルミート演算子$${{A_0}}$$をどうにかして以下のように変形する。
$$
\begin{array}{l}
A_0 = \theta_0^\dagger \theta_0+ c_0^\mathrm {max}E
\end{array}
$$
ここで、$${{\theta_0}}$$は線形演算子(一般にエルミートにならない)、$${{\theta_0^\dagger}}$$は$${{\theta_0}}$$のエルミート共役、$${{E}}$$は恒等演算子、$${{c_0^\mathrm {max}}}$$は実数であり、$${{A_0 = \theta_0^\dagger \theta_0 + c_0E}}$$とできる$${{c_0}}$$の中で最大のものを選ぶとする。
(2) 次に、$${{A_0}}$$の中の$${{\theta_0^\dagger \theta_0}}$$部分をひっくり返して、
$$
\begin{array}{l}
A_1 = \theta_0\theta_0^\dagger + c_0^\mathrm {max}E
\end{array}
$$
という演算子を定義する。この形を(1)と同じ要領で以下のように変形する
$$
\begin{array}{l}
A_1 = \theta_1^\dagger \theta_1 + c_1^\mathrm {max}E
\end{array}
$$
$${{c_1^\mathrm {max}}}$$は$${{A_1 = \theta_1^\dagger \theta_1 + c_1E}}$$とできる$${{c_1}}$$の中で最大のものを選ぶことを強調しておく。
(3) 以降、この手続きを繰り返し、
$$
\begin{array}{ll}
A_{n+1} &= \theta_n\theta_n^\dagger + c_n^\mathrm {max}E \\
&= \theta_{n+1}^\dagger\theta_{n+1} + c_{n+1}^\mathrm {max}E
\end{array}
$$
を作っていくことができれば、$${{A_0}}$$は最小固有値を持ち、$${{c_n^\mathrm {max}}}$$は小さい順に$${{n}}$$番目の固有値$${{a_n}}$$になっていて、すべての固有値が得られる。
証明
最小固有値を持つならば因数分解ができる。
エルミート演算子$${{ A_0 }}$$に最小固有値が存在すると仮定したとき、
$$
\begin{array}{l}
A_0 = \theta_0^\dagger \theta_0+ a_0E
\end{array}
$$
とできる$${{ \theta_0 }}$$が必ず存在するのかというと、これは存在する。
具体的には、$${{ A_0 }}$$を固有値分解を
$$
\begin{array}{l}
A_0 = \alpha_0 \ket{0} \bra{0} + \alpha_1 \ket{1} \bra{1} + \alpha_2 \ket{2} \bra{2} + …
\end{array}
$$
としたとき($${{\alpha_i}}$$は$${{A_0}}$$の固有値を重複を含めて表したもので$${{\alpha_{i+1} \geq \alpha_i}}$$とする)、
$$
\begin{array}{l}
\theta_0 = \sqrt { ( \alpha_1 - \alpha_0 ) } \ket{0} \bra{1} + \sqrt { ( \alpha_2 - \alpha_0 ) } \ket{1} \bra{2} + \sqrt { ( \alpha_3 - \alpha_0 ) } \ket{2} \bra{3} +…
\end{array}
$$
とすればよい。実際に愚直に計算してみると、
$$
\begin{array}{ll}
\theta_0^\dagger \theta_0 + a_0 E
&= \theta_0^\dagger \theta_0+ \alpha_0 E \\
&= ( \sum_{i} \sqrt { ( \alpha_i - \alpha_0 ) } \ket{i} \bra{i-1} ) ( \sum_{j} \sqrt { ( \alpha_j - \alpha_0 ) } \ket{j-1} \bra{j} ) + \alpha_0 E \\
&= ( \sum_{i} ( \alpha_i - \alpha_0 ) \ket{i} \braket{{i-1} \vert {i-1} } \bra{i} ) + \alpha_0 E \\
&= ( \sum_{i} ( \alpha_i - \alpha_0 ) \ket{i} \bra{i} ) + \alpha_0 E \\
&= \alpha_0 \ket{0} \bra{0} + \alpha_1 \ket{1} \bra{1} + \alpha_2 \ket{2} \bra{2} + … \\
&= A_0
\end{array}
$$
とできて、確かに$${{ A_0 }}$$に一致する。
ここで、$${{\theta_0}}$$に一意性はないことを指摘しておく。実際、ユニタリ演算子Uを用いて
$$
\begin{array}{}
\theta_0^\dagger\theta_0 = \theta_0^\dagger U^\dagger U \theta_0
\end{array}{}
$$
とできるので、$${{\theta_0 \rightarrow U \theta_0}}$$という置き換えが可能である。よって、一般的には
$$
\begin{array}{l}
\theta_0 = \sqrt { ( \alpha_1 - \alpha_0 ) } U\ket{0} \bra{1} + \sqrt { ( \alpha_2 - \alpha_0 ) } U\ket{1} \bra{2} + \sqrt { ( \alpha_3 - \alpha_0 ) } U\ket{2} \bra{3} +…
\end{array}
$$
と表すことができる。
因数分解ができるならば最小固有値を持つ
ベクトル$${{ \ket{\phi_{0, n}} }}$$を、
$$
\begin{array}{l}
\ket{\phi_{0,n}} = \theta_0 \ket{n}
\end{array}
$$
で定めたとき、そのノルムの自乗は非負であるので
$$
\begin{array}{ll}
\braket{ \phi_{0,n} \vert \phi_{0,n} } &= \braket{n \vert \theta_0^\dagger \theta_0 \vert n} \\
&= \braket{n \vert (A_0 - c_0E) \vert n} \\
&= \braket{n \vert A_0 \vert n} - c_0\braket{n \vert E \vert n} \\
&= a_n - c_0 \geq 0
\end{array}
$$
が得られる。つまり、$${{c_0}}$$より小さい固有値$${{a_n}}$$は存在しない。よって、もし$${{A_0 = \theta_0^\dagger\theta_0 + c_0E}}$$とできる$${{c_0}}$$に上限$${{c_0^\mathrm {max}}}$$が存在するならば、$${{c_0^\mathrm {max}}}$$より小さい固有値は存在しない。すなわち、最小固有値を持つと言える。
最小固有値が決定できる
$${{c_0^\mathrm{max}}}$$が存在するならば$${{A_0}}$$は最小固有値を持ち、$${{a_0}}$$が最小固有値を持つならば$${{A_0 = \theta_0^\dagger \theta_0 + a_0E}}$$とできるのだから、$${{a_0}}$$は$${{ c_0 }}$$のいずれかと一致する。$${{ c_0^\mathrm{max} }}$$より小さい固有値は存在しないのだから、$${{ c_0^\mathrm{max} }}$$ではない$${{ c_0 }}$$を$${{c_0^\mathrm{others}}}$$として、$${{ a_0 \geq c_0^\mathrm{max} > c_0^\mathrm{others} }}$$が得られるので結局、
$$
\begin{array}{ll}
a_0 = c_0^\mathrm{max}
\end{array}
$$
が結論できる。
因数分解部分をひっくり返すと最小固有値が取り除かれる
$$
\begin{array}{l}
\theta_0 = \sqrt { ( \alpha_1 - \alpha_0 ) } U\ket{0} \bra{1} + \sqrt { ( \alpha_2 - \alpha_0 ) } U\ket{1} \bra{2} + \sqrt { ( \alpha_3 - \alpha_0 ) } U\ket{2} \bra{3} +…
\end{array}
$$
と書けるのだから、
$$
\begin{array}{ll}
A_1 &= \theta_0 \theta_0^\dagger + \alpha_0 E\\
&= ( \sum_{i} \sqrt { ( \alpha_i - \alpha_0 ) } U\ket{i-1} \bra{i} ) ( \sum_{j} \sqrt { ( \alpha_j - \alpha_0 ) } \ket{j} \bra{j-1} U^\dagger ) + \alpha_0 E \\
&= ( \sum_{i} ( \alpha_i - \alpha_0 ) U \ket{i-1} \braket{{i} \vert {i} } \bra{i-1} U^\dagger) + \alpha_0 E \\
&= \sum_{\alpha_i \neq a_0}\alpha_i (U \ket{i-1} \bra{i-1} U^\dagger)
\end{array}
$$
とできる。特に、縮退がない場合には$${{\alpha_i = a_i}}$$であって、
$$
\begin{array}{ll}
A_1 &= a_1 (U \ket{0} \bra{0} U^\dagger )+ a_2 (U \ket{1} \bra{1} U^\dagger ) + a_3 (U \ket{2} \bra{2} U^\dagger ) + …
\end{array}
$$
と書ける。$${{ \{ U \ket{i} \} }}$$は正規直交基底であるので、これは固有値分解になっており、$${{A_1}}$$の固有値は$${{ \{ a_1, a_2, a_3,…\} }}$$であることが分かる。すなわち、因数分解部分をひっくり返すことで最小固有値$${{a_0}}$$が取り除かれる。
以降、帰納的に$${{A_n}}$$の最小固有値は$${{a_n}}$$であって、$${{c_n^\mathrm{max} }}$$に等しいことが示せるので、$${{A_0}}$$のすべての固有値$${{ \{ a_0, a_1, a_2,…\} }}$$が得られることが示せた。
固有ベクトルの決定
$$
\begin{array}{ll}
\theta_n \ket{\phi_n} &= 0
\end{array}
$$
を満たすベクトル$${{\ket{\phi_n}}}$$が見つかったとすると、これは$${{A_n}}$$の最小固有値$${{a_n}}$$に対応する固有ベクトルになっている。実際、
$$
\begin{array}{ll}
(A_n - a_n E)\ket{\phi_n} &=
\theta_n^\dagger \theta_n \ket{\phi_n} \\
&= 0
\end{array}
$$
であるので、
$$
\begin{array}{rl}
A_n \ket{\phi_n} &= a_n \ket{\phi_n} \\
\end{array}
$$
となって、確かに固有ベクトルになっている。
この$${{ \ket{\phi_n}}}$$は$${{A_0}}$$の固有ベクトルにはなっていないが、
$$
\begin{array}{rl}
\ket{\psi_n} &= \theta_0^\dagger \theta_1^\dagger … \theta_{n-1}^\dagger \ket{\phi_n} \\
\end{array}
$$
とすれば、
$$
\begin{array}{}
A_n \theta_n^\dagger = (\theta_n^\dagger \theta_n + a_n E )\theta_n^\dagger = \theta_n^\dagger(\theta_n \theta_n^\dagger + a_nE) = \theta_n^\dagger A_{n+1}
\end{array}
$$
を繰り返し用いて
$$
\begin{array}{rl}
A_0\ket{\psi_n} &= A_0\theta_0^\dagger \theta_1^\dagger … \theta_{n-1}^\dagger \ket{\phi_n} \\
&= \theta_0^\dagger A_1 \theta_1^\dagger … \theta_{n-1}^\dagger \\
&= \theta_0^\dagger \theta_1^\dagger … \theta_{n-1}^\dagger A_n \ket{\phi_n} \\
&= \theta_0^\dagger \theta_1^\dagger … \theta_{n-1}^\dagger a_n \ket{\phi_n} \\
&= a_n \ket{\psi_n} \\
\end{array}
$$
とすることができ、$${{A_0}}$$の固有値$${{a_n}}$$に対応する固有ベクトル$${{ \ket{\psi_n} = \theta_0^\dagger \theta_1^\dagger … \theta_{n-1}^\dagger \ket{\phi_n}}}$$が得られる(ただし、$${{n=0}}$$のとき$${{\ket{\psi_0} = \ket{\phi_0}}}$$である)。
具体例
別の記事で調和振動子、水素様原子、無限井戸型ポテンシャルを解く予定。
参考文献
H. S. Green, Matrix Mechanics, P. Noordhoff Ltd., 1965
H. S. Green, Information Theory and Quantum Physics, Springer, 2000
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