統計力学温度と統計力学エントロピーの導入
分かりやすい統計力学温度と統計力学エントロピーの導入を見かけたので備忘録的にまとめてみる。キッテル熱物理学のそれをそのままビジュアライズしたような内容。
モデル系
モデル系として$${{2}}$$準位系を考える。$${{N}}$$粒子が存在し、各々の粒子はエネルギー$${{E=0}}$$および$${{E=1}}$$の状態を取れるとする。相互作用はなく、粒子の区別が存在するとする。
状態数
系の粒子数を$${{N}}$$、エネルギーを$${{E}}$$とする。このとき、
粒子の取りうる状態数$${{\Omega}}$$は$${{\Omega = {}_N \mathrm{C}_E}}$$である。
状態数とエネルギー変化
$${{2}}$$つの系$${{\mathcal{S}_{bigger}}}$$と$${{\mathcal{S}_{smaller}}}$$があるとする。
系$${{\mathcal{S}_{bigger}}}$$は$${{N_{bigger}=25}}$$、$${{E_{bigger}=1}}$$とする。
このとき状態数$${{\Omega_{bigger} = 25}}$$である。
系$${{\mathcal{S}_{smaller}}}$$は$${{N_{smaller}=4}}$$、$${{E_{smaller}=1}}$$とする。
このとき状態数$${{\Omega_{smaller}= 4}}$$である。
系$${{\mathcal{S}_{bigger}}}$$にエネルギー$${{\Delta E = 1}}$$を与えると、状態数$${{\Omega_{bigger} = 300}}$$となる。
系$${{\mathcal{S}_{smaller}}}$$にエネルギー$${{\Delta E = 1}}$$を与えると、状態数$${{\Omega_{smaller} = 6}}$$となる。
同じエネルギーを与えても、状態数の変化$${{\Delta \Omega}}$$は異なる。粒子数が大きい系の方が小さいエネルギー変化で大きな状態数の変化$${{\Delta \Omega}}$$を生じる。
ところで、系$${{\mathcal{S}}}$$にエネルギー$${{\Delta E}}$$を与えると温度$${{T}}$$が上昇することを我々は日常の感覚として知っている。ある系に一定のエネルギーを与えたとき、大きい系と小さい系では小さい系の方が温度の増分$${{\Delta T}}$$が大きいであろう。
まとめると、系$${{\mathcal{S}_{bigger}}}$$と系$${{\mathcal{S}_{smaller}}}$$に一定のエネルギー変化$${{\Delta E}}$$が与えられたとき、
$$
\begin{array}{rcl}
\Delta \Omega_{bigger} &>& \Delta \Omega_{smaller} \\
\Delta T_{bigger} &<& \Delta T_{smaller} \\
\end{array}
$$
であることが言える。後になって分かることであるが、これは状態数$${{\Omega}}$$のエネルギー$${{E}}$$による微分と温度$${{T}}$$に関係があることを示唆している。
熱的接触
上記とは別の$${{2}}$$つの系$${{\mathcal{S}_1}}$$と$${{\mathcal{S}_2}}$$があるとする。
系$${{\mathcal{S}_1}}$$は$${{N_1=3}}$$、$${{E_1=2}}$$とする。
このとき状態数$${{\Omega_1 = 3}}$$である。
系$${{\mathcal{S}_2}}$$は$${{N_2=4}}$$、$${{E_2=1}}$$とする。
このとき状態数$${{\Omega_2 = 1}}$$である。
ここで、$${{2}}$$つの系の間でエネルギー$${{E}}$$のやり取りができるようになったとする。
つまり、合成系$${{\mathcal{S}_{total} = \mathcal{S}_1 + \mathcal{S}_2}}$$は$${{N_{total} = 7}}$$、$${{E_{total} =3}}$$の系となり、
このとき状態数$${{\Omega_{total} = 35}}$$である。
この$${{\Omega_{total} = 35}}$$通りの中には、系$${{\mathcal{S}_1}}$$の粒子がすべて$${{E=1}}$$で、系$${{\mathcal{S}_2}}$$の粒子がすべて$${{E=0}}$$の場合や、系$${{\mathcal{S}_1}}$$の粒子がすべて$${{E=0}}$$で、系$${{\mathcal{S}_2}}$$の粒子のうち3つが$${{E=1}}$$の場合が含まれるわけであるが、このようにエネルギー$${{E}}$$がどちらかの系に偏る確率は低く、たいていの場合はもっとランダムにバラけているであろう。では、具体的に$${{E_1}}$$と$${{E_2}}$$がどのような比率になっている確率が高いのであろうか。これを考えていく。
さて、この$${{\Omega_{total} = 35}}$$であるが、系$${{\mathcal{S}_1}}$$と系$${{\mathcal{S}_2}}$$の状態数$${{\Omega}}$$を$${{E}}$$と$${{N}}$$の関数だとして、$${{\Omega_1 = \Omega(E, N_1)}}$$と$${{\Omega_2 = \Omega(E, N_2)}}$$を用いて表現することができる。具体的には
$$
\begin{array}{rcl}
\Omega_{total} &=& \sum_{E_1} \Omega(E_1, N_1) \Omega(E_{total} - E_1, N_2) \\
&=& \Omega(0, 3) \Omega(3, 4) + \Omega(1, 3) \Omega(2, 4) + \Omega(2, 3) \Omega(1, 4) + \Omega(3, 3) \Omega(0, 4) \\
&=& 4 + 18 +12 + 1 \\
&=& 35
\end{array}
$$
といった具合である。この計算から、もし全ての状態が同じ確率で生じると仮定すると(これは非常に大胆な仮定だが、統計力学の基本的な仮定であって、等重率の原理と呼ばれる)、
$${{\Omega_1\Omega_2 = \Omega(0, 3) \Omega(3, 4)}}$$に対応する状態群が$${{4/35}}$$
$${{\Omega_1\Omega_2 = \Omega(1, 3) \Omega(2, 4)}}$$に対応する状態群が$${{18/35}}$$
$${{\Omega_1\Omega_2 = \Omega(2, 3) \Omega(1, 4)}}$$に対応する状態群が$${{12/35}}$$
$${{\Omega_1\Omega_2 = \Omega(3, 3) \Omega(0, 4)}}$$に対応する状態群が$${{1/35}}$$
で生じると結論できる。
最も確からしい状態群
$${{\Omega_{total}}}$$を縦軸、$${{E_1}}$$を横軸に取ったヒストグラムは極大を持ち、粒子数$${{N}}$$が大きくなるにつれてデルタ関数的に急峻になっていく。このとき、このヒストグラムの頂点の$${{\Omega(E_1, N_1) \Omega(E_{total} - E_1, N_2) }}$$に対応する状態群のみがこの系の性質を決めていると言ってよいであろう。これを最も確からしい状態群と呼ぶことにする。
このヒストグラムが極大を持ち急峻であるという性質はモデル系で導かれた結果であるが、統計力学ではこれがあらゆる大きな系の一般的性質であると仮定する。実際、学習を進めていけば分かってくるのだが、統計力学の教科書に載っていて厳密解が得られるあらゆる系がこの性質を持つ。一般の系において状態数を考える場合は、あるエネルギー$${{E}}$$を実現する量子数の組み合わせを数え上げることになる。
統計力学エントロピーと統計力学的温度
粒子数$${{N}}$$が非常に大きいとき、$${{E_1}}$$は連続としてヒストグラムを連続関数で近似しても差し支えないであろう。このとき、この連続関数の極値の値が最も確からしい状態の状態数に対応する。極値をとるときその傾きは$${{0}}$$であるので
$$
\begin{array}{rcl}
\frac{\partial}{\partial E_1} (\Omega_1 \Omega_2) &=& 0 \\
\frac{\partial \Omega_1}{\partial E_1} \Omega_2 + \Omega_1 \frac{\partial \Omega_2}{\partial E_1}&=& 0 \\
\frac{\partial \Omega_1}{\partial E_1} \Omega_2 + \Omega_1 \frac{\partial \Omega_2}{\partial E_2} \frac{\partial E_2}{\partial E_1} &=& 0 \\
\frac{\partial \Omega_1}{\partial E_1} \Omega_2 - \Omega_1 \frac{\partial \Omega_2}{\partial E_2} &=& 0 \\
\frac{1}{\Omega_1} \frac{\partial \Omega_1}{\partial E_1} - \frac{1}{\Omega_2} \frac{\partial \Omega_2}{\partial E_2} &=& 0 \\
\end{array}
$$
とできる。ただし、$${{E_2 = E_{total} - E_1}}$$とした。したがって、最終的に
$$
\begin{array}{rcl}
\frac{\partial \ln \Omega_1}{\partial E_1} &=& \frac{\partial \ln \Omega_2}{\partial E_2} \\
\end{array}
$$
を得る。これは2つの系が熱的に接しているとき、$${{\frac{\partial \ln \Omega}{\partial E}}}$$なる量が等しくなることを示しており、これこそが温度の正体である……となれば話は簡単だったのだが
$$
\begin{array}{rcl}
\Delta \Omega_{bigger} &>& \Delta \Omega_{smaller} \\
\Delta T_{bigger} &<& \Delta T_{smaller} \\
\end{array}
$$
という関係があることと、このままでは温度の次元が出てこないことを考慮して(エネルギー)$${{/}}$$(温度)の次元を持つ定数$${{k_B}}$$を導入することで、
$$
\begin{array}{rcl}
S &:=& k_B\ln \Omega \\
\frac{1}{T} &:=& \frac{\partial S}{\partial E} \\
\end{array}
$$
という形で統計力学温度$${{T}}$$を定義できる。また、$${{S}}$$なる量には名前がついていて、これを統計力学エントロピー$${{S}}$$と呼ぶ。
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