ライカ0型と山陰旅行(その2)
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温泉津温泉は温泉街全体が伝統的建築物群保存地区に指定されており、古風な街並みが楽しめる。ここも石州瓦で葺かれた家々が多い。
温泉街を貫く道に江戸時代の道標が立っており、「みぎ ふく原大もり」とある。福原も大森も石見銀山周辺の地域である。
温泉津で庄屋を務めた内藤家の屋敷や土蔵が並ぶ一角。
下の写真は移住者の開いたお店。昔ながらの佇まいの旅館やお店とは異なる外観であるが、温泉街に溶け込んでいる。このようなお店がいくつかある。
温泉津温泉といえば2つの共同浴場「薬師湯」と「元湯」である。私は薬師湯に浸かった。温泉は源泉かけ流し。熱めのお湯にとっぷりと浸かれば、長旅で固くなった体がほぐれていく。
半円形のデザインが目を引く建物が浴場として営業している薬師湯である。そして、その隣のこれまた目を引く洋風の木造建築は旧館である。現在は「震湯カフェ内蔵丞」として営業している。
薬師湯旧館の写真といえば、この構図(下写真)。
薬師湯の斜向かいに元湯がある。元湯の脇の路地を進むと背後の山肌に「霊泉」と書かれた石碑がはめられている。
よく見るとローマ字で「この温泉で原爆症が治った」とある。調べてみると下記資料が見つかった。温泉津温泉に来ていた被爆者達が、温泉に入ると体調が良くなることに気付いた旨が記されている。「この温泉で原爆症が治った」というのは、このことを指しているのだろう。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/onki1962/32/1-2/32_1-2_23/_pdf/-char/ja
1日目の行程はここまで。
明日は出雲大社にお参りをした後、三朝温泉に投宿する。
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