見出し画像

ライカ0型と山陰旅行(その2)

前回の記事は下記リンクからどうぞ。

温泉津温泉は温泉街全体が伝統的建築物群保存地区に指定されており、古風な街並みが楽しめる。ここも石州瓦で葺かれた家々が多い。

薬師湯新館の屋上から Leica 0-series FUJIFILM ISO 400

温泉街を貫く道に江戸時代の道標が立っており、「みぎ ふく原大もり」とある。福原も大森も石見銀山周辺の地域である。

道標 Leica 0-series FUJIFILM ISO 400

温泉津で庄屋を務めた内藤家の屋敷や土蔵が並ぶ一角。

庄屋 内藤家の屋敷 Leica 0-series FUJIFILM ISO 400
庄屋 内藤家の土蔵 Leica 0-series FUJIFILM ISO 400

下の写真は移住者の開いたお店。昔ながらの佇まいの旅館やお店とは異なる外観であるが、温泉街に溶け込んでいる。このようなお店がいくつかある。

今風のお店 Leica 0-series FUJIFILM ISO 400

温泉津温泉といえば2つの共同浴場「薬師湯」と「元湯」である。私は薬師湯に浸かった。温泉は源泉かけ流し。熱めのお湯にとっぷりと浸かれば、長旅で固くなった体がほぐれていく。

薬師湯新館 Leica 0-series FUJIFILM ISO 400

半円形のデザインが目を引く建物が浴場として営業している薬師湯である。そして、その隣のこれまた目を引く洋風の木造建築は旧館である。現在は「震湯カフェ内蔵丞」として営業している。

薬師湯旧館 Leica 0-series FUJIFILM ISO 400

薬師湯旧館の写真といえば、この構図(下写真)。

Leica 0-series FUJIFILM ISO 400

薬師湯の斜向かいに元湯がある。元湯の脇の路地を進むと背後の山肌に「霊泉」と書かれた石碑がはめられている。

Leica 0-series FUJIFILM ISO 400

よく見るとローマ字で「この温泉で原爆症が治った」とある。調べてみると下記資料が見つかった。温泉津温泉に来ていた被爆者達が、温泉に入ると体調が良くなることに気付いた旨が記されている。「この温泉で原爆症が治った」というのは、このことを指しているのだろう。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/onki1962/32/1-2/32_1-2_23/_pdf/-char/ja

1日目の行程はここまで。
明日は出雲大社にお参りをした後、三朝温泉に投宿する。

以下の記事へ続きます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?