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世界に1つだけの花 にならせない島

どうもお久しぶりです。。

ここの数年の人類の動向を考えている時に、僕たちはいつから“like”に固執するようになったのだろうかと再考していたんですが、よくよく考えてみると産業が生まれた時点で肯定してもらう感覚って付随していたんだよなーって。

いや、環境適応と生存競争的な意味でいえば遥か昔からあったんだよな。

数え切れないほどの情報が取り巻く世界で、個性という名のユニークスキルを大切にできなくなっている現代と少ない情報内で環境適応に従事せざるを得なかった近代までの環境を考えるとどう考えても今の状況はおかしいとしか言えない。

誰かの好きを応援できない世界を僕は迎合しない。

逆に何でもかんでも許されるような、自由の境地を勘違いしてる

ありのまま自分症候群 みたいな感じも賛同できない。

小さな事かもしれないが、それでも。

その人にとって大切なものを育ててあげられるような環境はまずは家族や友人間から始まると思うのであった。

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