働く意味を探す旅
やほまる☻ あっきーです。
もう9月も終わる。早い。
この間まで
「学生最後の夏、数年ぶりに海でも行きたいな」
なんて思っていたものだ。
それがもう秋である。
中秋の名月が空に浮かび、鈴虫が鳴き、
金木犀の香りに誘われる。そんな秋である。
残る半年間はただひたすらに研究する日々。
学生最後の学会も終わったので、特になにかイベントがあるわけでもない。
タイムリミットが半年後に迫った『大学院の修了』に向けての目標はとうに固まっており、自分がいま目を向けるべきは社会人生活に関してだと学会終わりに強く思った。
その矢先、10月にある内定式を控えた僕に
ひと足早く社員の方々と接する機会があった。
先週、内定先企業の研修の手伝いに呼ばれた。
新卒採用に向けてのスキルアップ研修の学生役としてのお声がけだった。
自分の出番の時だけでなく、人事が社員に対して行う講義から参加させて貰えた。
将来は人材開発に関わりたいと目論む僕にとっては、非常に有意義な時間だった。
話の中に、特に興味深い一節があった。
企業を選ぶ基準として『働く条件』と『働く環境』の大きく分けて2つあります。給与や残業時間、福利厚生などは『条件』であり、企業理念や経営方針、部内のコミュニケーションの密度・雰囲気などが『環境』ですね。実際に働く我々としては、『働く条件』が真にやりがいに繋がらないことを知っています。『働く環境』こそがやりがいへ繋がるファクターでありますが、今の学生はそこを理解している人が少ないのです。
みんなはどう思うだろうか。
僕にとっては、これは就職活動をした1年間ずっと思い続けてきたことなのである。
実際問題、
給与や各種制度、福利厚生は無視できない。
無視していいものでもない。
『働く条件』も『働く環境』も、人が仕事を続けていく際に重要なモチベーションを保つ大切なことだ。
ただ、どうしても。どうしても僕にとって
『働く条件』は、
モチベーションを無理矢理繋ぎ止める『鎖』
『働く環境』こそ、
モチベーションを上げ、そして保つ『養分』
のように考えてしまうのである。
『鎖』は不安と不満と辛さでいつか切れてしまうだろうけど、しっかりとした土壌(環境)であるなら『養分』は途切れないんじゃないかと。
まだ社会を知らないこの学生はそういう風に思ってしまったのだ。
仕事の辛さを知っている社会人からすれば、思わず嘲笑してしまうことを書いてるかもしれない。
でも、人よりも仕事に近い研究生活を3年も送った上での、僕なりの考えなのである。
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つらつらと書いたが、結局は企業選びに何が大切かなんて《働く意味》によって変わってくる。
僕は先の投稿にも書いた通り、何に対してもこだわりとプライドを持ち続けたい。
「自分がなんのために頑張っているか」
こだわりとプライド以外に何があるんだ。
人のためじゃない。
頑張らない自分になりたくないのである。
ただ、生きるためだけに取り組みたくないのである。
自分のしたことの意味を、意義を残したいのである。
結果を求められるものでも、
結果を求められないものでも、
結果の必要性に関わらず何かに取り組む上で、
それが当然だと思うし、そう思い続けたいのである。
僕にとって働く意味は、
こだわりとプライドを持ち続けることだ。
自分の存在を残すことだ。
こう思ってしまう僕にとっては、やはり『働く条件』よりも『働く環境』を重視せざるを得ないのである。
これが正解かはわからないけど、
この問題の制限時間は僕の人生の長さだけあるのだから、とりあえずはそう思って生きようと思う。
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