
カシミールカレーへの没頭/waccaのペアリングコース/ベンガル月間スタート:カレー哲学の視点(12/5〜12/11)
カレー作りは祈りだ。日常の中に不可侵領域を持つことが大切で、少しでも油断するとダークサイドに引き込まれそうになってしまう。
祈りの話をしよう。
早起きに成功して晴れていた日には、散歩をして近所の神社を目指すことにしている。特に信仰心に篤いわけではないのだが、毎日の散歩ルーチンの中に目的地を設けて余計なことを考えないようにしたかった。その神社は家から往復20分程度のちょうどいい場所にあり、行って帰ってくると歩数が約3333歩になるのだ。
spotifyで歴史ポッドキャストのCOTENラジオを聴き流しながら散歩を開始し、毎日なるべく同じ時間、同じ歩道を歩く。世界が今日もいつもどおりであることを確認する作業だ。
耳からはガンジーの話やルソーの話、とんでもない成功やとんでもない失敗の話がどんどん流れてくる。とにかくスケールがでかい。歴史を学ぶことはケーススタディを学ぶことだ。アレクサンドロスの偉大な話を聞いたりすると自分の凡庸さを否が応でも意識せざるを得ないが、全ての正しさが相対的なものに思えてきて、つまらない枠組みから自由になれるような気もする。
神社に到着したら鳥居を潜る前にイヤホンを耳から外し、脱帽し(帽子を被ることはほぼないが、心の中で仮想の帽子を必ず脱ぐ)、立ち止まって少し頭を下げる。参道の中央は神様の通り道なので脇を歩くようにするのが作法らしい。たいてい神社には参拝客がちらほらいて、その場合は祈る姿を後ろからただ眺める。
拝殿の前に到着したら賽銭を投げ、深く二礼二拍手一礼をする。このときに自分が何を祈るのか、真っ先に頭に浮かぶことが何なのかをただ観察する。日によって祈りの時間は変わるし、意外なことを祈っている自分に気づくことも多い。
祈りが終わったら再び深く礼をし、踵を返して復路を辿る。このとき、独特の高揚感が舞い降りてくる。背筋を伸ばして家に帰るとき、ポッドキャストの内容はほとんど頭に入っていない。
神はいないし、願い事は願うから叶うわけではない。ただ、祈りには効用があると思う。
祈りというのはインスタントに得られるものではなくて、どんなに忙しくても何よりも優先されるものだ。時間をかけることで、多少のコストを伴うものがいい。それを行うことで自分の現在に常に帰ってくるためのルーチーン。
カシミールカレーへの没頭
祈りの話につながるが、カシミールカレーは圧倒的なマインドフルネス効果をもたらすカレーだ。漆黒のドラッグ、見かけたら食べずにいられないので困る。辛いときほど、辛いものを食べたくなる。
デリーやボンベイの系列に行くとついついカシミールカレーばかり食べてしまうのだが、新しくオープンした神田のボンベイでも例に漏れずそうだった。
この世の辛いこと全部全部忘れたくて神田のボンベイのカシミールカレーに溺れた。
— カレー哲学たん(करी टेछगाक तन) :東京マサラ部 (@philosophycurry) December 7, 2021
漆黒のドラッグ、奥の方に辛味がある。半分ほど過ぎた頃にガツンとやられ、脳に血が昇る。いつのまにかスプーンは止まらなくなり私はカレーを感覚するだけになる。いまここにあるカシミールカレーだけがリアルだった pic.twitter.com/yJpDqnpZAX
さらさらとした真っ黒なカレーの中に大ぶりのチキンが沈んでいる。粉っぽさはあまりなく、生のにんにくの香りも控えめだ。
食べすすめるうちにいつのまにか世界はカレーと私だけになる。感覚されるのは、カレーの刺激だ。その感覚を通して、自分の舌が、口が、身体が存在することがわかる。カシミールカレーを食べるのは、ただそれを確認するだけの作業のような気がする。
waccaのコース料理
マサラ部室新住民の歓迎会とそれぞれの新たな門出を祝して、waccaのアルコールペアリングコースを頂いてきた。
料理のクオリティも物量もものすごく満足のいくコースだったし、お酒のバリエーションも広く楽しむことが出来た。
特に水を使わずトマトとタマリンドの水分だけで作られている「ラッサム風エキス」とボラの白子をカダイフという細い衣とともに食べ、レモンのアチャールで酸味を添えた料理が特に素晴らしかった。
料理で遊んでいる楽しさが伝わってくるし、既存のものを分解して再構築する際に、ただ置き換えるのではなく意味のあるものを取り入れている。遊び心がありながらしっかりおいしかった。いいお店だな〜。
マサラ部室メンバーそれぞれの新たな門出を祝してwaccaのペアリングコースをいただいてきました。
— カレー哲学たん(करी टेछगाक तन) :東京マサラ部 (@philosophycurry) December 7, 2021
トマトとタマリンドの整えるエキス ラッサム風
ドーサのキャビアのブリヌイ仕立て
白子のカダイフをアチャールソースで
闇落ち海鮮カレー pic.twitter.com/zIgwEd956v
キウイとチリのグラニテ 寒天入り
— カレー哲学たん(करी टेछगाक तन) :東京マサラ部 (@philosophycurry) December 7, 2021
ソフトシェルクラブ65
陝西煮干し油泼面
シュリカンド pic.twitter.com/xEOIiLjgCu
Rato Matoの摩天楼
沖縄から一時的に東京に帰ってきたバイヤァと新大久保のRato Matoを訪問した。窓からの景色や店内の装飾、演出にいちいちテンションが上がる。


素焼きのツボに入ったビリヤニは、蓋のナン生地も食べられる。
新宿摩天楼Rato Matoはいちいちテンション上がる仕掛けがもりだくさん。
— カレー哲学たん(करी टेछगाक तन) :東京マサラ部 (@philosophycurry) December 10, 2021
細く切ったスクティの炒め物、ダム生地ごと食べられるビリヤニ、濃いめに煮詰まったダルバート。ネパールのどぶろく的なチャンも楽しめる。 pic.twitter.com/Lf4wVGmNMQ
新宿の夜景を眺めながらチャイを飲んだ。飲み放題もとってもお得らしい。

ベンガル料理ゼミを開催
東京マサラ部室の12月は西ベンガル月間。去年の12月はバングラデシュ料理をひたすら作っていましたが、今年の12月は西ベンガルにフォーカスして掘っていこうと思います。今月も例に漏れずライングループを作っており、約20名の方が参加してくれています。
ベンガル料理の概要はまた別の記事にします。
昨日は来客もあり、いくつか料理を作りました。魚の料理をたくさん作れるようになりたい。
土曜日なので西ベンガル料理を作りました。
— カレー哲学たん(करी टेछगाक तन) :東京マサラ部 (@philosophycurry) December 11, 2021
ダバスタイルのダルタルカ
魚の頭のチャッチュラ
ぶり大根のカリア
じゃがいもとキャベツのダルナ
グリーンピースググニ
にんじんのchichki
じゃがとムング
チニグラのプラオ#日本の中にインドがあった pic.twitter.com/Xh2ptctS4p
今週の更新記事
年末に向けてイベントも加速していくけど、強く生きていこうな!
アルコールは百害あって一利なしだぜ!!でも、破滅を選び取るのだって自分の大事な権利なんだぜ。底知れない、仄暗い自由だぜ!
いただいたサポートは全てカレーの材料費と東京マサラ部の運営資金となります。スキやSNSでのシェアもお願いします。 インド料理やカレーの本を出したいです。企画案がたくさんあるので、出版関係の方、ぜひご連絡ください。