考える部屋 #5 冷やしカレーの可能性を探る
夏になると道々で掲げられる「冷やしカレーはじめました」の看板。これを見ると、夏の訪れを実感する。(見たことないけど)
今回はラッサムとパッチプルス(生ラッサム)の比較実験を元に、冷やしカレーがもっと美味しくなる条件について考察してみた。
はじめに
冷やし中華、かつおのたたき、冷や汁、山形のダシ...。わざと冷やして食べる物は日本にはたくさんあり、夏になると冷やしカレーを提供するカレー屋さんも多いようだ。
しかし、インド亜大陸であえて冷やした状態で食べる料理を知らない。南インドのミールスなどは常温で食べることはあるが、氷を混ぜたり冷蔵庫で冷やした状態で食べる料理はあるのだろうか。
冷蔵庫が普及したのが結構最近ということもあるだろうが、スパイスを多用し香りを食べるような料理は冷たいと香りが立ちにくいし、油脂が低温で固まってしまうと食感が悪くなるというのも理由な気がする。
そんな話が自分の運営しているカレーのオープンチャットの分室「カレーを考える部屋」で話題になり、「美味しい冷やしカレーを作るためにはどうしたら良いか」というのを第5回目のテーマとして考えることとなった。
ちなみにバックナンバーや他の参加者のレポートはこちらのマガジンにまとめている。第3回と第4回を飛ばしてしまったが、後日更新予定。
冷やしカレー経験則
実験に入る前に普段作っているカレーを冷たいまま食べてみることにした。
カレーを作ると食べきれないので、いつも残りはタッパーに詰め替えて冷蔵庫にしまっている。試しにダルカレーやチキンカレー、マトンカレーを温めずに食べて思ったことは、
・塩分が感じにくい
・ダルに使ったギーやバターは問題ないが、マトンの脂は白く固まり、食べると脂っぽい
・味のまとまりがない、というか独立感がある?
・酸味の感じ方が強まる
・香りが弱い。口内で温まって初めて香り成分が揮発する?
のような感じ。マトンの脂を冷たいまま食べるのがベタベタしてきつい。
ラッサムとパッチプルスの比較実験
夏になるとパッチプルスをよく作る。パッチプルス(Pachi Pulusu)は南インドアーンドラの料理で生ラッサム(生の汁?)という意味。濃いめに作ったタマリンド水に玉ねぎや炙った青唐辛子などの具材を混ぜ、スパイスをテンパリングして油に香りを移し、最後にぶっかける。
インドでは常温で食べるっぽいのだが、ここは日本なので冷蔵庫でキンキンに冷やして素麺と合わせて食べると美味しい。
パッチプルスは冷たいまま食べるためによく考えられているレシピだ。タマリンド水の濃さも、冷たく食べてちょうどいいように濃いめになっているし、ザラザラ感が残るのでパウダースパイスは入れない。
反対にラッサムは温かくして食べるし、汁が煮詰まる前提なのでパウダースパイスは結構たくさん入るしタマリンド水は薄めに作る。
ラッサムを冷やしたものと、そのまま冷やして食べるパッチプルスはどう違うのだろうか。
これを考えることが冷やしカレーを考える上でのヒントになるのではないかと思い、実験を行った。
実験方法
以下の4通りのものを作って食べ比べる。
①冷やしラッサム...完成したラッサムを一晩冷やす
②ラッサプルス...ラッサムを途中の段階で止めて冷やす
③パッチプルス...パッチプルスを作って冷やす
④湯冷ましプルス...パッチプルスを作り、一旦煮てから冷やす
調べて出てきたアーンドラのレシピでパッチプルスを作り、半分を取り置き、残り半分は5分ほど煮る。
ラッサムは先日発売した『南インド、ネパール、スリランカ 3つの地域の美味しいカレー ミールス ダルバート ライス&カリー』よりタルカさんのレシピを使わせていただき、タマリンド水とラッサムパウダーを入れたところで半分を取り置き。残りのラッサムは普通に煮込んで完成させる。
煮詰める前提、食べる温度が違う前提なのでタマリンド水の濃さに違いが顕著に表れていたのが興味深い。
パッチプルスはタマリンド40gに対しお湯400cc
ラッサムはタマリンド30gに対しお湯1800cc
結果
冷蔵庫で一晩冷やし、出来上がったものがこちら。
左上 ①冷やしラッサム
右上 ②ラッサプルス
左下 ③パッチプルス
右下 ④湯冷ましプルス
見た目からして結構違うのだが、食べてみた感想。
①冷やしラッサム
赤い油が浮いていて、冷めて食べてもラッサム感あり。ポディがザラザラ感を作り出しているが粉っぽくはない。温かい状態で食べるのと塩と香りの印象は異なるものの、ラッサムとして食べられる。
②ラッサプルス
ラッサムを途中で作るのをやめて材料を混ぜただけのラッサプルスは未完成な味。混ぜ足りなかったかもしれないが、表面に油の浮きが少ない。ポディが煮詰つまってないので粉っぽい。タマリンドが薄い、なんかあんまり美味しくない。
③パッチプルス
パッチプルスは透明な油が浮いていて、食材それぞれが別々にちゃんと独立して感じられる。玉ねぎもシャキシャキしている。それぞれの要素が分離している。酸味が強い。この素材の独立感がパッチプルスやその他の冷たく食べるものの良さだと思う。
④湯冷ましプルス
パッチプルスを五分煮て冷ました湯冷ましプルスは玉ねぎがタマリンドで色づいていて、味の一体感がする。トロミが強い。甘味が強く感じられる。パッチプルスより甘酸っぱい。これはこれで悪くない、がパッチプルスの方がおいしい。
最後に普通のラッサムも温かくして食べたが、ラッサムを見る目が変わった。
冷やしカレー考察
以上、カレーを冷やすとどうなるか?ラッサプルスの実験や経験則から言えること。
カレーを冷やすと...
・素材の独立感が出る。
・香りは弱まる。
・酸味が強まる。
・塩分は薄く感じられる
・辛味は弱まる(カプサイシンの受容体は42℃以上で活発になる)
・旨味も弱まる
・獣肉の脂肪は冷やすと固まり、舌触りが悪くなる。
・加熱すると成分が飛んでしまうスパイスは冷やしで食べるのが向いているかも。ワサビとか。
よって、冷やしカレーの方向性としては、以下のようなことが言えるのではないか?結構当たり前のことだが、まとめてみた。(結論がうすくてごめんなさい...)
★生で食べられるものはなるべく加熱せず、そのままの素材感を活かす
★酸味を効かせる。穀物酢は風味が少なく酸味がわかりやすいので冷やしむきかもしれない。
★脂肪が固まる素材や調理法を避ける。魚介やベジの食材が冷やしに向いている。(ローストビーフもおいしいらしい)
★冷たいと香りが弱いのでコリアンダーリーフなどのハーブで補う、青唐辛子を焦がすなどの工夫も。
★塩分は感じにくくなるので強めに効かせる
そういうことが考え尽くされているNeo Cultureさんのレシピで実際に冷やしカレーを作ってみたものがこちら。
というかそもそも温度によって感じやすい味覚とそうでない味覚があったりして興味深い。なんで人体はそういう風に感じるように進化してきたのだろうか。
カレーを考えることは、人間を考えることなのだ。。。
参考:甘味と旨味の味覚閾値における口腔内温度の影響(原著)
著:秦 朝子, 園田 奈央, 林 友子, 林 静子, 辻井 靖子, 田畑 良宏
(滋賀医科大学看護学ジャーナル,2007)
終わりに
「カレーを考える部屋」メンバーのMaedaさんの冷やしカレーはこちら。なんてうまそうなんだ...。
「カレーを考える部屋」では二週間ごとにテーマを決めてカレーの作り方や構成要素を調理科学的に考えて研究し、レポーティングする活動を行っている。
今までの研究テーマは以下。まとめが追いついてないけど色々考えてはいる。
#1 スパイスと油
#2 カレーと発酵
#3 米について
#4 塩と肉の関係
#5 冷やしカレー
#6 カレーと出汁
#7 ラッサム
他メンバーのレポートも合わせてマガジンにまとめています。
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