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机の上に、パタパタとする血色の良い白い手と、落ち着いた水色の袖が現れた。瀬奈だ。
「ああ、ごめんごめん、おはよ」
今日はパーカーに黒のスラックスを合わせている。
「相変わらず早いねー、ほんとにお早うだ」
「あはは、朝の誰もいないこの時間好きなんだよねー」
「それちょっとわかる」
「ほんとに? 何もない日は昼まで寝てるくせに」
「そうだけど……まぁいいや、何読んでるの?」
栞を挟んで本を閉じる。頭を出す、透き通った水色のそれは、この前もらった大切なサイン付きだ。
「『最果ての地で』ってやつ。面白いんだけどねー、なんかちょっと難しいね、これ。あと、全然人気なかったのかすぐに販売終了になっちゃった」
「へぇー、夕香(ゆか)もなかなか物好きだねえ」
「聞いておいてなんだその態度は……大好きな先生の作品だから、必ず全部読むことにしてるんだよ」
「あー、いつも言ってる人か。そういえばさ、その先生のどんなところが好きなの?」
「そうだねー、まず、どれもお話がものすごく面白いところ。読んでると大人になった感じがするというか、難しさがいいんだ。あとは、先生の生き方がかっこいい。我流を貫いてきたっていうか。あ、あと顔がお美しい」
わたしの好きな作家は、望月瑠璃香先生。知る人ぞ知るSF小説家だ。その美貌でも評判は高く、男女問わずファンがいる。
「それに、わたしの名前が先生の名前にも入っているところ」
「最後のやつなにそれ、一文字しか合ってないじゃん」
「えー別にいいでしょ、嬉しいものは嬉しいの」
瀬奈がわたしの隣、通路側の席に座る。次は椅子に背負われることになったそのリュックサックは、今すぐにでも軽く山登りに行けるんじゃないか、と思うほどスタイリッシュだ。
「あ、そういえばこの前の優勝してた」
「おー、まじか、やっぱり。おめでとう」
何ともない顔でそう語る瀬奈は、幼い頃から声楽とクラシックピアノをやっていて、様々な有名コンクールに出ては、ほぼ毎回当然のように首位を飾っている。いつのまにかその凄さにすっかり慣れきってしまっているわたしは、何事でもないように自然とそう返す。
「いやー、でもな、やっぱり瀬奈はすごいよ。わたしにはそんなもの何もないからさ。困っちゃうよ、ほんと」
「いやいや、全然すごくないって。あと、別にそんな好きでやってるわけじゃないし。みんな褒めてくれるけど、なんだかなぁっていつも思ってるよ」
「またまたそんな謙遜して。これだから天才は」
「おい、おちょくるな」
「ごめんって」
「まぁでも、誰かと競うことをしてるんだなって思うとさ、いつも会場で、将来自分はどうなってるんだろなぁって考えるんだよね。……これとかさ、ちょっと見てよ」
可愛らしい猫耳がついたスマホケース。その内側で光っている画面をわたしに向けながら、瀬奈は窓の外をゆっくりと流れる雲を見つめている。
「『目指せ一流ピアニスト! 未就学児の習い事はやっぱり音楽。発育にとても良い影響があります。今回のコンクール挑戦者は全員幼少期から始めています』……なるほどねー、ありがちだよねこういうの」
「でしょ? 私もこれじゃないけどこういうのを親にやらされてさ。それで昔からずっと何回も優勝とかしてるけど、ピアニストになりたいかって言われたらなんか違うし、声楽家にって言われても、それもうーんって感じなんだよ」
「わかるそれ。まじでね。将来の夢は何ですかとか、何の仕事をしたいですか、とか、そんなこと言われてもね、そりゃわからないってものだよね」
「いやほんとそれ。そんな簡単に見つかるかーって」
ポツポツと人が増えてくる。私服可であるこの高校は、青春を満喫したいのか、制服を着ている人もいる。
「そういえば瀬奈って一度も制服着てないけど、そういう今しかできないことみたいなのって考えたりする?」
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